シリーズ作品では毎回、事件の謎の解明という要素の他に事件の中で出会った若い男女のロマンスという要素が物語を面白くしているのですが、今回は事件そのものが殺人事件、異端審問、失われた書物と、非常に魅力的な要素の多い話でした。
特に中世の教会ということで、異端の告発という時代と舞台の設定を生かした物語構成となっています。ただ、贅沢を言えばかなり重要な要素であるはずの書物に関して、もう少し早い段階で登場して、もう少し詳細な記述があっても面白かっただろうなとも思います。
今回の物語は、過敏なまでに異端の芽を発見して潰そうとする大司教の使者ジェルベールと、書物で神学者たちが語る教義と現実の人間との間の齟齬を純粋に疑問に思うイレーヴ、そこに様々な人間達が自らの利益のために絡んで、事態は複雑なことになります。
事件そのものの謎解きは、かなり終盤になるまで最後の手懸りが明示されないということはありますが、中盤までの流れから言えば意外な動機・意外な犯人になっていたと言えるでしょう。
ただし、このシリーズは押し並べてそういう傾向にあるのですが、あまりにも伏線が丁寧であり誤魔化しが無い分、展開にある程度の予想がついてしまうという弱さは感じられるかもしれません。
ですがそういった弱さ、あるいは甘さと捉えられる部分を補って余りあるのが、やはり登場人物の書き込みだと言えます。敢えて詳細には描かれなかったにも関わらず、読者の想像力を引き出す殺人事件の犯人の姿、悪役的なポジションにありながらも非常にリアリティある人物として描かれる大司教の使者ジェルベール、さらにはこれまでは名前だけが登場していた司教のド・クリントンなど、確かに物語世界に生きる人間として描かれているのが、本作を面白くする要因だと感じます。