有川浩 『クジラの彼』

クジラの彼
 『空の中』『海の底』など、自衛隊の出て来るエンターテインメントを書いてきた著者による、自衛隊恋愛短編集。番外編は『海の底』から2編、『空の中』から1編と、そちらを既読の読者にも嬉しい短編も収録されています。『海の底』での夏木と望の付き合いや、『空の中』の光稀と高巳の結婚生活など、「その後」を読んで前作を懐かしく思い出しました。
 一度艦に乗ってしまえば任地も派遣期間も定かでは無い潜水艦乗りとの恋愛だとか、新型輸送機に取り付けるトイレを巡ってのメーカーとユーザーの攻防だとか、シチェーションは少々変わっているものの、収録されている6編全てが直球のロマンス。その意味ではこれまでの長編作品にあったような戦闘シーンなどの派手な展開は少ないために、エンターテインメントとしての要素はあまり重視されていないものの、かなりしっかりとひとつのテーマに沿って描かれ、著者にしか書けない爽やかな恋愛小説集に仕上がっています。
 『空の中』『海の底』、あるいは図書館シリーズにしても、そこにある関係では男女の恋愛以上に大人と子供――あるいは未成熟な若者とそれを見守る大人の格好良さや青臭さがありましたが、本作においてはこれまでの作品の中では「大人」の立場でひたすら格好良かった人たちも、恋愛に挑んだ時には不器用で情けなかったりするあたりも微笑ましく思えた1冊。
 これ自体1冊で独立してさらっと読める読後感の良い短編集ではありますが、やはり『空の中』『海の底』を読んでいた方が、より楽しめるのは確かでしょう。