エリザベス・フェラーズ 『嘘は刻む』

嘘は刻む
 主人公のジャスティンは、6年ぶりに再会した女友達のグレースに請われて、彼女が親しくしている家具デザイナーのアーノルド・サインの自宅へと向かいます。三発の銃弾によって殺されたアーノルドの周りには、彼が収集している時計がそれぞれバラバラな時を刻み、そのなかの一つだけが四発目の銃弾によって時を止められています。ですが、これらの時計は持ち主のアーノルドによって全て時間を狂わされていたために、犯行時刻の割り出しには役に立ちません。そして隣人の証言から、犯行のあったその日に、アーノルドの元には一人の男と、赤いコートの女、茶色いコートの女の三人が訪れていたことが明らかになります。関係者に話を聞いて回るジャスティンは、助けを求めているはずのグレースを含め、ほとんど誰もが事実を隠していたり、嘘の証言をしたりすることに苛立ちます。

 探偵役を務めるジャスティンに対し、彼に協力を頼んだグレースですらなかなか真実を告げず、関係者の話には、それぞれ自己保身だったり誰かを庇うためだったりする嘘が織り交ぜられています。
 その嘘で複雑に絡み合った糸が、徐々にほどけて行き、冒頭に描かれていた風景が最後に明らかになる真相にピタリとはまり、精緻に張り巡らされた伏線が浮かび上がる様は実に見事。
 嘘を通して表現される登場人物の複雑な心理描写といい、時計というアイテムの象徴的な使われ方といい、また全体の構成といい、計算しつくされて綺麗に決まっている作品です。
 創元推理文庫から刊行されている一連の作品群とは訳者や装丁の違いもあり、だいぶ雰囲気を異にしますが、こちらも安心して読める秀作となっています。
 ただ、冒頭に挿入されている"レッドヘリング"(赤い鰊)と、実に意味ありげな署名によるミステリ考の意図が些か不明。