西澤保彦 『パズラー 謎と論理のエンタテインメント』

パズラー―謎と論理のエンタテインメント (集英社文庫 に 11-3)
『蓮華の花』
 同窓会に出席するために20年ぶりに帰郷した男は、昔彼に好意を寄せていたという女性が彼に会いたがっているという話を聞かされます。ですが、彼の記憶ではその女生徒は、大学の頃に交通事故で死んでいるはずでした。
『卵が割れた後で』
 アメリカに留学中の日本人留学生が、死体となって発見されます。捜査をする刑事は、被害者は遊び目的の留学で、同じ日本人留学生の中でもあまり良く思われていなかったことを聞き込みから掴みます。そんな中、地元の不良たちが被害者の死んだその日に、彼と諍いを起こしていた事実が判明しますが、そのことで事件の謎は一層複雑さを増してきます。
『時計じかけの小鳥』
 高校に入って、中学の時仲の良かった友達の多くと離れてしまった奈々は、唯一同じ学校になった親友の満智子と家に帰る途中、昔は良く寄り道をしていた古い書店が新しい建物に変わっているのを目にします。ですが、当時小学校4年生だった奈々にとって、この店の昔の店主が心臓発作を起こして突然死を遂げたその日の記憶は特別なものでした。そして6年前のこの日、自分が知らないところで何かが起こっていたことを、偶然手にした一冊の本によって奈々は気付かされます。
『贋作「退職刑事」』
 夫と子供の留守の間に、前の夫に殺された主婦の事件。被害者は、前の夫の会社が倒産しそうになると、家計を支えるためと見せかけたパート先で、次の夫を探すような生き方をしている女性でした。容疑者の家で話し合いが行われるはずだったのに、何故被害者は子供と現在の夫を外出させ、そして自宅で殺されていたのか。
『チープ・トリック』
 その土地で札付きのワルだった少年が、古い教会の廃墟で首を落されて死んでいるのが発見されます。そして、トレイシィに彼女の友人のナタリーの居場所を教えてほしいと縋ってきた少年は、ナタリーこそがこの恐ろしい殺人の犯人であり、次は自分が殺されると訴えかけてきます。
『アリバイ・ジ・アンビバレンツ』
 同級生の高築が殺害されたという時間、容疑者として警察で取調べを受けている少女を偶然目撃した少年は、そのことを同じクラスの委員長に話します。アリバイがあるのに、何故彼女は犯行を認めているのか。

 全6編の、見事なまでに論理によって解答を導き出す、パズル志向の本格ミステリ短編集。
 全編ともその論理の切れ味の良さは勿論、事件を解き明かすことで明らかになってしまう人間の暗い心理までもが鮮やかに描き出され、実に著者の持ち味の良く出ている作品であると言えるでしょう。
 『卵が割れた後で』『チープ・トリック』は、さながら海外翻訳ミステリのよな作風でありながら、現代日本本格ミステリ作家特有のパズル志向が発揮される異色作。
 また、都築道夫の『退職刑事』シリーズへのトリビュートということで書かれた『贋作「退職刑事」』も、安楽椅子探偵物の醍醐味と、純粋に推理によって導かれる真相の意外性のポイントも高い作品。文章のリズムから描写の癖から、見事なまでに都築道夫の文体模写に成功しているということですが、本家を未読なのでこれを機に読んでみたいです。
 個人的には、少女の暗く変化する心理を淡々とした回想と推理の展開の中で見事に描き出した『時計じかけの小鳥』あたりが、実に著者らしいテイストが色濃く出ていると言えるかもしれません。
 全作とも高いクオリティを保って、趣向を凝らした謎と論理のパズルを楽しめる作品集。