海堂尊 『夢見る黄金地球儀』

夢見る黄金地球儀 (ミステリ・フロンティア 38)
 桜宮市がふるさと創生基金として国からばら撒かれた一億を投資して造ったのは、アルミ合金と18金で作られた黄金地球儀でした。平介の昔馴染みで疫病神のジョーは、「うまい話がある」と言って、時価一億五千万円だというこの黄金地球儀を盗む計画を持ちかけてきます。二人は警備予算の資金運用に不明瞭な点があることを理由に、市に一泡吹かせる黄金地球儀の強奪計画を立てることになります。ですがこの黄金地球儀の警備を巡り、平介自身に大きなリスクをかぶる罠が仕掛けられていることに気付きます。

 本作は、医療物以外の作品としては著者にとっては初の作品となりますが、舞台となっているのはこれまでに刊行された作品と同じ桜宮市であり、『ナイチンゲールの沈黙』に登場した人物が後半で重要な役割を担ったり、『螺鈿迷宮』の事件が語られたりと、既刊作品を読んでいればより楽しめる部分もあります。
 癖のある登場人物の配置や、スピーディに読ませる展開の上手さという著者の持ち味は本作にも生きており、ユーモア溢れる会話でテンポ良く物語は進められます。
 本作には、平凡で冴えない大人だけれども、世の中にまかり通っている不正に対して一歩も引かない姿勢だとか、コミカルな中にも一本芯の通った格好良さが随所に見られる主人公ら以外にも、役人の負のイメージをデフォルメしたような脇役も、どこか滑稽で非常に味のあるキャラクターが配置されています。この辺り、やはりキャラクター造形の上手さと作品全体のリーダビリティの高さに対する評価は、これまでの作品と同様に高いものと言えるでしょう。
 そして本作で描かれる「格好良さ」というのは、終盤で交わされる次のような会話に象徴されていると言えるでしょう。

「ヘイ、平介、大人になれよ」
「ああ、大人にはなってるさ。だけど、なってはいけない部分ってのもある」
「たわごとを言っていること自体、ガキだろ」
「ガキのままでいいさ」
  『夢見る黄金地球儀』p288

 ただ全体としてみると、キャラクターも良く会話も面白いし、展開もスピーディーかつ稚気に満ちた面白さがあり、その上結末も痛快な読後感をもたらしてはくれるのですが、どこを取っても上手さは感じられるものの、「これ」というインパクトは薄かった気がします。あるいは各要素ともアベレージが高いことによって全てが相殺されてしまうのか、読んでいてもうひとつ何かが欲しいという欲が出てしまうところ。
 東城病院を描いたシリーズにおいては、そこに命の最前線が描かれており、またそれが著者の経歴に裏打ちされているからこそ書き得るものであるという強みがありましたが、その辺り本作では若干弱かったのかなという気はします。その面から言えば、予定調和の中でのドタバタ劇に終わってしまったという厳しい見方も出来てしまうのがつらいところでしょう。
 ただしこれは、あくまでも既に5冊(『螺鈿迷宮』を含まなければ4冊となりますが)という蓄積を持つ既存シリーズと比較してという話であり、本作の持つエンターテインメント本来の痛快さ・面白さが損なわれるものではありません。
 どこか物足りなさをおぼえてしまうのも、読者が「もっと」を求めてしまうだけの安定した実力を持つ著者に対する期待値の高さゆえと言えるでしょう。