小路幸也 『モーニング』

モーニング Mourning
 学生時代に一緒に暮らした五人のうちの一人、真吾の葬式に集まったかつての仲間達。ですが、葬儀を終えてレンタカーで空港へ向かう中、淳平が「この車で一人で帰って、自殺する」と言い出します。思い出の中にあるという自殺の原因を仲間達が思い出したら自殺をやめるという約束のもと、淳平を止めるために仲間たちは、一緒に暮らした学生時代の四年間の「あの頃」のことを語り合います。真吾の家のある九州から終着点の東京を目指し、20数年ぶりに集った4人のロングドライブが始まります。

 45歳という年齢を迎えた主人公達が、一番輝いていた学生時代をともにした仲間の一人を喪い、離れ離れになったそれぞれの生活の中で無意識のうちに沈めた「あの頃」の思い出を浮かび上がらせる物語。
 それぞれが仕事や家庭を持って身一つではいられなくなった年齢の上でだからこそ、彼らのともに過ごした学生時代は輝きを持って語られます。
 そして、淳平の愛した、5人とともに過ごした年上の女性の女性である茜の存在は、彼女がそこにいない「現在」に回顧されるゆえに、不安で切ない影を物語の序盤から見せ始めます。幸せだったはずの茜と淳平の関係に影を落とした物は何だったのか、そしてよりにもよって真吾の葬儀の直後に自殺を口にした淳平の心にある物は何なのかを軸に、ロードムービーのように物語は静かに進んで行きます。
 何も持っていないが故に縛られることもなくいられた学生時代の彼らではなく、それぞれが別の場所に生きて、様々なしがらみを持っている「現在」だからこそ、「あの頃」を思いながらのロングドライブは重く、そしてその中で思い起こされる「あの頃」は何物のに代えがたい輝きを持って語られます。
 そして、互いに何も持たない身で知り合って仲間になった同士であるが故に、彼らは翌日から戻るべき日常に支障をきたす恐れがあろうとも、仲間の一人が口にした「自殺」を止めるためのロングドライブを迷うことなく行ないます。

そんなことは、もうあるはずがない。仮にこの先誰かが死んで葬儀に顔を出したとしても、もうあんなロングドライブは、ない。
それを淋しく思う。
『モーニング』pp290-291

 ラストにおける主人公のこの心情は、そのまま読者の余韻となっていると言えるでしょう。
 まるで過去と現在の狭間にあるような不思議で優しい時間を生み出したロングドライブは、終始失うことの悲しさを漂わせつつもそれだけに終わりません。
 "Morning"と"Mourning"を掛けたタイトルが、彼らの終着点でで浮かび上がる情景も秀逸。