恩田陸 『不連続の世界』

不連続の世界

売れっ子の放送作家でありながら、時々「肉体労働視しながら売れない小説家を書く」貧しい生活を装うための「70年代アパート」にも住む先輩の田代は、連続した世界での変わった夢を見ると言います。田代と話していた多門は、彼が口にした「コモリオトコ」という言葉が耳に引っかかりますが、それから間もなく、不吉の使者であるかのような「コモリオトコ」を目にすることになります。(『木守り男』)
「聞いたら死にたくなる歌」を歌うという素人歌手「セイレン」の噂の真偽を確かめるために、多門はその歌の入ったMDが送られてきたという地方局のDJからの情報で、ある場所を訪ねます。「山の音」と題されたその曲の入ったMDは、どうやらその土地の名士が送ったものらしいのですが、歌っているのは5年前に行方不明になった彼の娘ではないかと多門は推測します。(『悪魔を憐れむ歌』)
ロケで久しぶりに帰郷するミュージシャンの保は、地元での撮影を嫌がっている節がありました。二人きりになった時にその理由を問い質した多門は、彼が昔からその町で映画のロケを見ると人が死ぬのだという話を聞かされます。(『幻影キネマ』)
ある本の翻訳を手掛ける翻訳家の巴は、その本の著者が一瞬にして目の前の砂丘が消え去ってしまったという本の記述の謎を知るために、多門と共にその土地に赴きます。ですが、砂丘の謎に思いを馳せる二人の前で、ひとりの人間までもが忽然と姿を消してしまいます。(『砂丘ピクニック』)
友人達と怪談をしながらの列車旅をすることになった多門は、一年前からヨーロッパを点々として、時々写真を送りつけてくる妻の話をすることになります。探して迎えに来て欲しいのにしては、彼女から送られてくる写真に情報は乏しく、多門には彼女の意図が掴めません。そして、友人達から怪談染みた不思議な話を聞く多門に、彼女からのものではないかと思われる無言電話が掛かりますが…。(『夜明けのガスパール』)


 『月の裏側』に登場する多門を主人公にした、トラベルミステリー風味の短編集。作品の傾向としては、SF/ホラーテイストの空気を漂わせつつ、ミステリ寄りといういかにも恩田陸らしい作風の短編集となっています。
 最後に収録されている『夜明けのガスパール』を除けば、主人公の多門はどちらかと言えば終始傍観者の立場におり、第三者的な視点に立ち続けるからこそ謎を現実レベルに持ってきて解くことが出来ているという感触の強い作品集。その意味では多門の妻であるジャンヌの存在を真っ向から持ってきて、多門自身の謎に向き合った時には、一緒に旅をする友人達の存在があって初めて謎が謎で無くなるというこの一編は、本書の中では異色でありながらも特徴的なものであると言えるかもしれません。
 各短編が書かれた年が2000年〜2008年と長い期間にわたっており、この1冊を通して時代の流れを感じることが出来るのですが、最後の『夜明けのガスパール』を除けば多門は全く変わることのない存在であり続けるのも面白いところ。
 また、各作品に登場する謎に絡んだちょっとした「怖さ」は決して直球の恐怖ではなく、「何だかゾッとする」という匙加減に、恩田陸らしい良さが出ていたと言えるでしょう。
 それぞれ小粒ではありますが、著者らしいテイストに満ちた良質な短編でした。