三津田信三 『ついてくるもの』

ついてくるもの (講談社ノベルス)
別れた女性が彼女の家に寄るように告げてくる夢に毎晩悩まされる男性は、その夢が日ごとに変化し、いつの間にか彼女の家の中に誘い込まれるようになってきたと言います。このまま夢を見続ければどうなるのか、不吉な予感に男性は恐怖を覚えます(『夢の家』)。
空家になった家で少女が見つけた雛人形は、一体を残して全て片目片足が破壊されているという不気味なものでした。一体だけ無事だったその雛人形を救い出すつもりで持ち帰った少女ですが、その時から彼女の周りで不気味な出来事が起こり始めます(『ついてくるもの』)。
ルームシェアをすることになった女性が、ある時同居人の一人の様子がどうもおかしいことに気付きます。部屋にいる気配がするのに、声を掛けると何の反応もない。生活の中での違和感は日に日に増し、その女性は次第にストレスを感じていきますが・・・(『ルームシェアの怪』)。
年の近い叔母に貰った、花嫁と花婿の姿を描いた祝儀絵と思われる絵を飾り始めた青年の周囲で、突然彼の婚約者を名乗る女性が姿を現し始めます。奇妙なのは、その婚約者を名乗る女性に出会った周囲の人たちは、誰一人として彼女にいつどのような状況で出会ったのか、確かな記憶を持たないことでした(『祝儀絵』)。
関西に越した少年が、「入った者が戻ってこれない」という噂のある森に、友達と探検に行くことになってしまいます。その探検の計画を始めたのと同時に、少年の家には「カエレ」「くルナ」「ヤメロ」「ヨルナ」という不気味な手紙が毎日一通ずつ届き始めます(『八幡藪知らず』)。
一軒家に引っ越した女性が、家の裏手にある家のものと思われる子どもの声に気付きます。住むうちに、近隣住人が自分を遠巻きにしている様子や、シロアリの被害などそれぞれは些細なこととともに、裏の家の子どもが騒ぎ始める様子に薄気味の悪さを感じますが・・・(『裏の家の子供』)。
「人間工房」という、人体を模した奇妙な椅子や机などの家具を作る職人の工房に取材に行った編集者の祖父江偲は、職人と諍いをしていた男が工房で目撃されたのを最後に姿を消したことを知らされます(『椅子人の如き座るもの』)。

 作家・編集者三津田信三ものの怪談寄りのホラー短編集に、刀城言耶ものの「〜の如き」シリーズ1篇を加えた短編集。
 本書には、読み終えてもその正体が明らかにならない「怪談」の怖さに加え、著者お得意の「そこに何かがいる恐怖」「その何かが迫って来る、そこから逃れられない恐怖」が、ちりばめられています。また、これらの中には、著者の既刊作品の中にも登場したマーモウドンの姿が垣間見えるなど、ファンには別の意味でもゾクゾクさせられる要素も織り込まれています。
 作家・編集者三津田信三もので描かれるのは、ホラーとミステリの融合した作品世界ですが、本書に収録された短編は、完全にホラーの領域にある物語になります。それは、民俗学的なバックボーンの上に成り立つ、日本ならではの怪異と、日常と隣り合わせにある異界であり、本書は、ホラー領域での著者の力量を遺憾なく発揮した怪談集に仕上がったと言えるでしょう。
 その一方で、巻末に収録された刀城言耶ものの『椅子人の如き座るもの』は、乱歩的な奇怪さに満ちた雰囲気を作品に演出しつつも、徹頭徹尾現実レベルに謎を解体する、完全にミステリの領域の作品となっています。謎そのものも、同シリーズの他作品と比べれば決して難易度の高いものではないとはいえ、乱歩へのオマージュ的な色合いの濃い、独特の空気を持った一作となっています。