真梨幸子 『ふたり狂い』

ふたり狂い (ハヤカワ文庫JA)

 人気女性作家が女性誌で連載している小説「あなたの愛へ」で、著者を思わせる主人公との恋愛を繰り広げる、自分と同姓同名の登場人物が自分のことではないかと思いこんだ男が、思い余って女性作家を刺してしまいます。その裁判に訪れた女性、犯人が働いていた職場の上司、女性編集者など。デパ地下の総菜売り場での異物混入事件、複数の殺人があった「心理的瑕疵物件」のマンションでの事件、ふとしたことからネットの書き込みをして起こった災難など、不気味に連鎖するそれぞれの登場人物の狂気が引き起こす事件の物語。

 1話について一人ずつ、どこかある一点だけが突出した志向性を持ち、それぞれの妄想で狂って行くような登場人物たちによる連作短編集。他の物語において脇役で登場する際にも、そして自身が主人公となる物語においても、彼らは決して「狂人」や「異常者」ではありません。むしろ、ごく当たり前に不安や不平不満を抱えて生きているだけの、ごく普通の人間として描かれます。そんな登場人物たちが、おそらくはそのまま何事も無ければごく普通のままの人生を終えていただろうに、それぞれの抱えた狂気の芽が刺激されてしまったことで自身もその人生も狂っていきます。
 これまでも、人間の嫌な部分の連鎖で陥る狂気の物語を描いてきた著者だけに、良い意味で、独特の後味の悪さの冴え渡る著者らしい一作と言えるでしょう。本作においては、登場人物の持つねちっこさや嫌らしさといったものが控えめな分、これまでの作品ほどの強烈さはないものの、変にリアリティが感じられるという効果が得られているような気もします。
 全編読み終えて、本当に真っ当だった人間が誰もいないような、ある種のホラーにも思える著者らしい(作品を評価する褒め言葉としての)気持ち悪さのある作品でした。