真梨幸子 『殺人鬼フジコの衝動 限定版』

殺人鬼フジコの衝動 限定版 【徳間文庫】
2008年に単行本で購入・読了していますが、文庫で出た限定版にオリジナル冊子『私は、フジコ』が付属しているので、それを目当てに購入したもの。(本編に関しては、2008年に読了した際の感想としてこちら。)
フランス・ギャルの『夢見るシャンソン人形』の歌詞が、物語の要所要所で登場し、"人生は、薔薇色のお菓子のよう"というフレーズが、その文言の裏側にある暗い暗喩を伴って使われるのが再読してみても実に印象的。
セルジュ・ゲンズブールが作った、フランス・ギャルのこのフレンチ・ポッスの名曲も、邦題は実に甘く「夢見るシャンソン人形」となってはいますが、その原題に込められている意味は「蝋人形・藁人形」であり、与えられた曲をただ歌うアイドルという存在が「空っぽ」であると揶揄したもの。
"人生は、薔薇色のお菓子のよう"と、甘いフレーズを口にする本作の主人公フジコも、この歌に込められた本当の意味をなぞるように、この文言が繰り返されるごとに、「空っぽ」で醜悪な存在へと転落していきます。
何度読んでも読後感どころか読み味の悪さは一級品であり、不幸の連鎖と「カルマ」から抜け出せない、(作品を高く評価する意味で)読んでいて最初から最後まで、嫌な気持ちになることは間違いのない作品。そして、フジコの物語の背後にあるものが明らかになった時に、それまではフジコの「カルマ」の輪廻でしかなかった話が、物語の構造そのものが全く新しい姿を持って顕われる作りの上手さでも強烈な印象を残す一作と言えるでしょう。

限定版の付属冊子『私は、フジコ』は、元AV女優で最近は犯罪の再現ドラマに出ている主人公が、殺人鬼フジコの再現ドラマのオーディションに出て、主役であるフジコを演じるという、言うなれば「もう一人のフジコ」の物語。
この短編では、本編である『殺人鬼フジコの衝動』において、フジコがアルバイトをしていたスナックを思わせる店が物語の重要な舞台となっていますが、この店は同時に、前の経営者が著者の他作品である『みんな邪魔』(『更年期少女』を改題)に登場する人物を思わせます。
また、「再現ドラマ」で登場する物語は、著者の他作品を彷彿とさせる事件ばかりであり、そこに加えてこの一編は、次回作の序章的な意味合いでもあるようで、単なる書き下ろし番外編という枠にはとどまらず、『殺人鬼フジコの衝動』の世界と他作品とをつなぐ短編としての面白さもあります。
この『私は、フジコ』も、短いながらも著者の嫌ァな空気感に満たされ、さらには本編のフジコをはじめ、著者の作品の女性の多くにみられる、「こんなはずじゃなかった」という人生がしっかり描かれています。