■銀座で花師をする傍ら、絵画修復師としても確かな腕を持つ佐月恭壱が請け負ったのは、火災で無惨に焼けた肖像画でした。有名画家の手によるものでもない、しかも経済状況も決して良くない依頼主はしかし、その絵の修復の報酬として正真物の古備前を佐月に渡します。大物の政治家までが絡むこの件の裏には何があるというのか(『虚栄の肖像』)。
■エコールド・パリの代表作家でもある藤田嗣治の絵画の修復を依頼された佐月は、その仕事のために訪れていた京都で、15年前に別れた昔の恋人に再会します。彼女の事を気にしつつも仕事を進める佐月は、贋作の多いという藤田を念のために科学鑑定にかけて正真物であることを確認したものの、この仕事自体にも引っ掛かりを覚えます(『葡萄と乳房』)。
■無名の絵師ではあるものの、ひと目見た瞬間に魅了された「あぶな絵」の修復に、佐月は着手します。ですが、褪色した染料の一部の正体が分からず、またその絵を描いた絵師の正体も分かりません。そして絵の修復のために佐月が手掛けたのは、贋作作りで使われる「引き剥ぎ」という技法でした(『秘画師遺聞』)。
『深淵のガランス』に続く佐月恭壱のシリーズの第二作目。
前作に引き続き、絵画修復師と贋作者とのギリギリの境を守りつつ、「絵画修復によって贋作を生み出さない」ことを信条とする佐月の過去に繋がる物語が、本作においては描かれます。
本書に収録される三篇は、前作以上に連作性が高く、あくまでも形式的には短編ではありながらも、シリーズ作品の主人公としての佐月恭壱という人物の過去の掘り下げに成功していると言えるでしょう。前作を読まずに本作を単体で読むとなると、朱大人との微妙な緊張感のある関係など、今ひとつピンと来ない可能性もありますが、本書もまた、美術品を巡り複数の人間の思惑が入り乱れるという、著者のお得意のカラーが良く出た作品であるのは確かでしょう。
その美術品に絡む事情を明らかにすることと絵画修復という二つの要素が、あくまでも贋作を生み出さずに美術品を本来あるべき姿に戻すという佐月の職人としての信条によって結び付けられる辺りが、本シリーズの魅力に繋がっているのでしょう。
そして、本作のひとつのキーワードであるのが主人公佐月の過去になるわけですが、苦い過去が美術作品に絡み、更にはかつての恋人のがかもし出す暗い影が大きく関わってくる辺りの展開も上手く読ませます。
佐月の過去に関してはまだ明らかにされない部分もあるので、今後のシリーズとしての展開も期になるところです。