海堂尊 『極北クレイマー』

極北クレイマー
 二年の任期で極北市民病院へと赴任することになった外科医の今中は、病院の惨状に唖然とすることになります。カルテの管理もロクにしない非協力的な看護師、外来患者の健康に配慮しない和式トイレ、やる気のない研修医、院長と事務長との対立、市役所との馴れ合いとパワーゲーム。院長から厄介ごとを丸投げされる今中ですが、市民病院が病院として機能している最後の砦である産婦人科の三枝にまでも、医療事故をめぐるトラブルが起こり、病院は窮地に立たされることになります。

 『ジーン・ワルツ』の裏側で起こっていた事件であり、シリーズの本流である『イノセント・ゲリラ』で仄めかされていた「北」で起こっていた騒動。
 誰のための医療なのか、誰のための行政なのか、誰のための司法なのかという、現場を知る医師である著者だからこその強烈な皮肉と問題提起は本作でもなされており、物語を通して地域医療の崩壊の姿がまざまざと綴られています。
 シリーズにおける時系列的には、『ジェネラル・ルージュ』の後、『ジーン・ワルツ』と重なる時期であり、物語世界においても、日本の医療行政の歪みによる問題が同時多発的に噴き出して来ていることが窺がえるでしょう。
 序盤、今中が極北市民病院で孤軍奮闘するさまは、そのまま社会全体で医療従事者が立たされる厳しい現状を垣間見せるものでもあり、姫宮というカンフル剤がその状況を一変させたのと同様、小さな一歩があれば改善へ向けての変化が可能であることも示唆しています。
 そして第二部に入り、外部組織による病院の格付けが極北市民病院の問題を正常化するのかと思いきや、ここでもまた「誰のため」なのかという問題が提起されます。自治体の財政悪化の中で、地域医療はほんの僅かなきっかけで崩壊するまでの危うさを見せます。
 その事件の裏側にあるパワーゲームに登場人物たちは翻弄され、来るべき結末へと向けて事態は一気に加速します。
 ですが、極北の地で最後の砦となるジェネラル・ルージュ速水や、ブラックペアンで登場した世良、そして本作の主人公の今中が踏み止まることで、この物語にもパンドラの箱の逸話のように小さな希望が残されます。
 行政でも司法でもなく、最後の砦は人間であるというこの物語の結末の先を読んでみたい、そして願わくばそれが現実に起こっている問題とともに、「その先」が明るいものになることを祈ってしまう作品でした。