柄刀一 『奇蹟審問官アーサー 死蝶天国』

奇蹟審問官アーサー死蝶天国(バグズ・ヘブン) (講談社ノベルス (ツG-03))
千里眼の女性のわざが奇蹟に当たるのかどうかを調査するためにヴァチカンから訪れた、奇蹟審問官のアーサー・クレメンス。高いところにある窓以外は全て閉ざされた建物の中で、針金で頭を突き刺されるという残忍な方法での密室殺人と、千里眼の女性の真贋を、奇蹟審問官のアーサーが解き明かします(『バグズ・ヘブン』)。
氷河が洞窟の奥で崩れたりした時の音が魔物の咆哮に聞こえる"白魔(アルプ)の咆哮"。そこに建つ別荘に招かれた女性オペラ歌手の声で、この現象を引き起こした後、別荘の主人が銃で撃たれて死んでいるのが発見されます。現場となった母屋の周りには、誰かの足跡らしきものが残されていましたが…(『魔界への十七歩』)。
ペルーの遺跡近くの教会の神父が、その死後にまるで生前のままのような死体となって発見されます。しかもその体には、まるでキリストの聖痕のような現象までもが現れており、ヴァチカンから奇蹟審問官としてアーサー・クレメンスとベテラン神父のアレッサンドロ・バルトの二人が派遣されてきます。そして遺跡の発掘調査で死んだ考古学の教授は、「生ける死者」に食い殺されたような状態で発見され、不可解なことが立て続けに起こっていますが…(『聖なるアンデッド』)。
以上三篇に、チベットでの輪廻転生を描いた掌編1編を加えたシリーズ短編集。

 『サタンの僧院』『奇蹟審問官アーサー 神の手の不可能殺人』から続くシリーズの短編集であり、本書でも各編において一見して奇蹟にしか思えない事象を「奇蹟審問官」としてヴァチカンから派遣されたアーサー・クレメンスが解き明かします。
 前作の長編『神の手の不可能殺人』においては、神秘現象を現実レベルに解き明かすアーサーの知識と推理は鮮やかであったものの、作品の性質上宗教色の濃さが過剰なペンダントリとなっていた部分もあったように思います。
 その辺り、本書では短編ということもあってひとつひとつの仕込みは小粒ながらも、著者らしい科学知識での解明と大掛かりな物理トリックがシンプルに生きており、リーダビリティや様々な要素のバランスの面から、このシリーズが短編向きでもあることを実証した1冊となっていると言えるでしょう。
 本シリーズは、奇蹟と呼ばれるものを検証し、その不可思議な現象が科学的に解明できることで得られるカタルシスの大きさこそが、作品の完成度に直結する部分が大きいということも出来るでしょう。魔界への十七歩』などはまさにその観点から見て、特徴的な一作であったように思います。この短編では、奇蹟認定とは最初から無関係であると断言してその場にいるアーサーですが、ここに登場する「ラザロの血」や姿無き者の足跡の謎などは、実に奇想に飛んだ謎としての高い精度を見せており、謎自体もある種幻想的な美しさを持っていると言えるでしょう。
 宗教者としてのアーサーの微妙な立ち居地がクローズアップされる部分もあり、シリーズとしても今後が楽しみな作品。