ジル・チャーチル 『風の向くまま』

風の向くまま (創元推理文庫)
 1931年の世界恐慌を機に、上流階級の豊かな生活から一気にどん底を味わったリリーと兄のロバートは、資産家だった彼らの大伯父の死と、その遺産相続人になっていたことを知らされます。弁護士のプリニー氏によれば、リリーとロバートが10年間田舎町にある屋敷で暮らし続ければ、二人は莫大な遺産を相続できるのだと言います。そして、「グレイス&フェイヴァー」とリリーが名付けたその屋敷へと引っ越した二人ですが、大伯父の死は殺人によるものであったことを知ります。

 主婦探偵ジェーンのシリーズとはガラリと雰囲気が変わり、まるで黄金時代のコージーミステリのような雰囲気すらあるグレイス&フェイヴァー・シリーズの第1作。
 主人公のリリーとロバートの兄妹は、死んだ父親が世界恐慌による株の暴落で財産を失ったことで、限界まで切り詰めた貧しい生活を送っています。それが疎遠だった親戚の大伯父の遺言により、条件下にはあるものの一転した生活を送ることになります。裕福な暮らしも、貧乏暮らしも経験した二人は、豊かな経済地盤が呆気なく崩壊することを身を持って知っており、そうしたバックボーンこそが本作でリリーとロバートの人物形成の根幹となっているということは言えるでしょう。
 ちょっとした手掛かりからの論理的推理の思考過程という部分では、若干分かりづらい箇所も皆無ではありませんが、コージー・ミステリの雰囲気の良さは存分に味わえる1作。
 また、本作が発表されたのは1999年ではありますが、昨年末からの金融不況に通じる世相が本作の描かれる時代にはあり、そこに生きる人々の姿というのが実に示唆に富んだものに思えました。