加賀美雅之 『縛り首の塔の館 シャルル・ベルトランの事件簿』

縛り首の塔の館 シャルル・ベルトランの事件簿 (講談社ノベルス)
 霊能者だという男が、衆人環視の中で離れた場所にいた彼を詐欺師呼ばわりした男を殺し、またその霊能者自身も、相手の持っていた銃の弾で殺されていたという事件(『縛り首の塔の館』)。巷を騒がせている「人狼」と称される連続殺人犯に狙われていた夫人が殺害され、その異形の相手を見たという夫もまた傷を負った事件(『人狼の影』)。若き日に敢行した冒険旅行で、同行のガイドを「ウェンディゴ」という魔物に殺されたという男性の屋敷で、訪れていた客人があり得ない高さから墜落死したという事件(『白魔の囁き』)。家庭教師として雇われていた女性がその家の女の子の血を吸っている場面を目撃され、吸血鬼ではないかという疑惑のもとに解雇されてのち、家の主人が鐘楼から落ちて死んだ現場でその女性が目撃されたという事件(『吸血鬼の塔』)。<ムーラン・ルージュ>の歌姫が見初められ、資産家の男性と結婚をしたものの、夫妻で引きこもった島で不可解な亡霊に殺されたような死を遂げる事件(『妖女の島』)。

 いずれも著者らしい、不可能犯罪の状況の演出、そして大掛かりな物理トリックをこれでもかと駆使した作品揃いの短編集。
 カーの作品へのオマージュともいえる作品をはじめ、不可解な事件はいずれも、カーばりの怪奇趣味に彩られ、「いかにも」な空気をかもし出しています。事件の様相は、その場所に因縁のある言い伝えや、伝説上の魔物のような存在を髣髴とさせ、怪奇小説のような空気を持つ「古き良き本格ミステリ」そのものという作品群だと言えるでしょう。
 表題作でもある『縛り首の塔の館』においては、幾重にも閉ざされた「密室」と衆人環視の中、遠く離れた場所への空間移動という不可能犯罪を作り出し、それを合理的解釈に足りうる結末をつけるという離れ業を見せています。また、『白魔の囁き』でも、些か常軌を逸したともいえるほどに大掛かりな物理トリックを用いて、「あり得ない高さからの墜落死」の演出に成功しています。
 こうした、現実に立ち返ればリアリティを持たないようなトリックを、作中においては必然として成立させる、本格ミステリの物理トリック面での面白さが、本作には満ちていると言えるでしょう。
 ただし、やはり本家ディクスン・カーのアンリ・バンコランもののパスティーシュから出発した探偵シリーズだけに、良くも悪くも「定石どおり」という印象も皆無ではありません。古典の空気と手法に忠実なだけに、何となくどこかで読んだような気がしてしまうのもまた事実。
 また、不可能犯罪のシチュエーションの演出や、作品を彩る雰囲気作りの面で、古典作家のもつそれのような上手さを見せていて、読者をひきつける力を持った作品であるのは事実でしょう。ですが、事件の真相が些か過剰なほどにコテコテの大掛かり過ぎる物理トリック一本であるというのは、作品集として1冊の本にまとまった際には若干食傷する部分も否定できません。
 こういった物理トリックを直球で読ませてくれる作品というのは、決して多くはないのでそれはそれで貴重ではありますが、やりすぎるとどうもバカミスの域に入ってしまう辺り、やはりあんばいは難しいのかもしれません。