谷原秋桜子 『手焼き煎餅の密室』

手焼き煎餅の密室 (創元推理文庫)

 高校生の修矢が、そして洋館の隣に住む中学生の美波が、それぞれの身の回りで起こった謎を携え、不思議な猫のケンゾウとともに洋館に住む水島老人の元を訪ねます。学校の体育館に出るという幽霊の謎。弟子をひき逃げで亡くした親友の祖母の家に入り込み、煎餅を盗もうとした少年の話。回転寿司屋で不審な行動を取る客。不気味な能面の謎と、修矢らを学校の美術室で襲ってきた何者かの正体。これらの謎を、洋館に住む水島老人が鮮やかに解き明かす、シリーズの前日譚。

 『天使が開けた密室』に始まるシリーズの前日譚であり、未だ美波と修矢は出会っておらず、後に修矢が受け継いで住む洋館には、「水島のじいちゃん」が存命です。そしてなんとも安楽椅子譚低らしい安楽椅子探偵として、この水島老人が謎解きをすることになります。
 さらには、安楽椅子探偵ものの短篇らしい、小さなトリックによって構成される各編と、その中に意図的にちりばめた手掛かりによって、本作は連作短篇集としての性質を最後の一篇で顕わにします。謎の答えは提示されるものの、何となく違和感を残してスッキリしないまま終わって行った一つ一つの短篇は、最後の一篇である『そして、もう一人』において、綺麗に絵解きをされることになり、本作は連作短篇集としても実に巧妙に纏められた作品と言えるでしょう。
 シリーズの前日譚としての「この先」と、そしてさらにその先にあるシリーズ本編の続きを、一層心待ちにさせてくれる一冊でした。