山白朝子 『エムブリヲ奇譚』

エムブリヲ奇譚 (角川文庫)
 不可思議なほどの迷い癖のある旅本作家の和泉蝋庵とともに、博打で借金のある耳彦はまだ知られていない温泉地を目指して旅をします。ですが、和泉蝋庵はその迷い癖のせいですんなりと目的地へと辿り着けることはまずなくて、二人はエムブリヲと呼ばれる胎児を拾ったり、何度も自分の人生を生まれ直す少女との邂逅をする羽目になったり、子どもの頃に死んだ幼馴染と再会したり、出される全ての食べ物が人の顔をしている気味の悪い村に滞在したり、災害で亡くなった子供に会いたいという母親を不可思議な橋へと案内したり、耳彦と生き写しの男がいた村では耳彦を「夫」だ「父」だという母子に出会ったり、山賊に囚われて地獄を見たりと、不思議で散々な体験をすることになります。

 乙一の別名義、怪談めいた物語を紡ぐ山白朝子の連作短編シリーズ。
 主として物語の語り手をつとめる耳彦は、決して善人ではありません。むしろ、何度も博打で身を持ち崩すし、どちらかといえば屑呼ばわりされるのが相応ともいえるほどに、人間としては弱く狡い人物です。
 そんな耳彦の視点だからこそのもの悲しさや無常観というものが本作の「味」であるのは確かで、特に『〆』などでは何とも言い難い結末の読後感を生み出すことに成功しているのでしょう。
 そんな耳彦とは対照的に、特に『「さぁ、行こう」と少年が言った』では人間らしさを排除したかのような超常的で不思議な存在として和泉蝋庵は存在します。この対比が何とも微妙なバランスを保ち、独特の作品世界を作り上げていると言えるでしょう。