有川浩 『塩の街―wish on my precious』

塩の街―wish on my precious (電撃文庫)

 『空の中』『海の底』で読者層を広げた有川浩のデビュー作。
 電撃文庫なだけあって、こちらの方が「普通のライトノベル」色は強いですね。
 ただ、純粋なライトノベル読者がこの作品を読んだ時には、巷に溢れるライトノベルの分かりやすさ、息をもつかせぬ展開、あるいは分かりやすい「キャラクター萌え」と呼ばれる読者の反応を引き出すだけの対象を描いているのかといえば、些かの弱さは否めないかもしれません。その辺が、この作品を電撃ゲーム小説大賞を受賞させた審査員達の評価の温度と、一般読者の温度差に繋がったのか、ネット内で見てもこの1冊の評価は非常に両極端となっています。
 ですが、そこ描かれる人物達の感情の綺麗さというのは確かに評価すべき点でしょうし、キャラクタライズされ切っていないという弱さはたしかにあるものの、ライトノベルという制約を取り払って一般小説に投げ込んで通用するだけの文章構成力というのは新人離れしていると言えるかも知れません。
 『空の中』『海の底』を先に読んでしまえば、完成度の高さという点ではやはり劣るものの、起伏は少ないながらも確かに伝わってくる切なさや美しい物語というのは、確かに「今後を期待させる」という意味で、大賞受賞に票を投じた審査員の目は正しかったのだろうと結果論からも言えるでしょう。
 現在のライトノベルのお約束であるらしい、主人公の美少女や美少年、あるいは主人公サイドを上回るほどの人気を持たせるだけのライバル役など、あまりにもステレオタイプでコード化された人物描写よりも、むしろ様々な面でこなれていない部分はあるものの、淡々と描かれるこの作品の空気は私には好感の持てるものでした。