"ファンタジー"というくくりではなく"幻想文学"、そして静かに淡々と語られる畸形の美しさというものを描かせると、小川洋子という作家は独特の美意識を感じさせてくれる書き手だなと思います。
本作は、博物館作りの依頼を受けて小さな村にやって来た博物館技師が主人公です。
雇い主は偏屈でどこか魔女めいた雰囲気をかもし出す老婆で、彼女の娘だという少女とともに老婆がこれまで集めた「遺品」の博物館を作ることになります。その「遺品」たちは死者が確かにそこに存在した証として集められ、身体に限界を感じた老婆は技師に村人達の遺品を集める作業を引き継ぐように命じます。
ですがこれらの「遺品」は決して正当な形見分けによって集められたものでは無く、時に死の現場から無断で拝借されるもの故に、グロテスクなものも少なくありません。
放っておかれればそのまま朽ちる運命の物を蒐集し、永遠にこの世にとどめる作業を行う主人公達の存在もまた、どこか精神の中に畸形の部分を持つ、良い意味で現実味の無い存在として描かれています。
そして、読み終えてようやく気が付いたのは。これだけの長編なのにも関わらず登場人物たちには名前が与えられていないことでした。それにも関わらず、「技師」、「老婆」、「少女」、「庭師」、などの名で呼ばれる人々は、確かな個性と存在感を持って描かれていると言えるでしょう。
博物館は増殖し続ける。拡大することはあっても、縮小することはありえない。
『沈黙博物館』p14
老婆の遺したその言葉通り、「沈黙博物館」は後に残された者の手によって増殖し続けるのだろうという、終わりの無い物語を想起させるラストの余韻がとても好きな1冊です。