北村薫 『街の灯』

街の灯

 短編二編、中篇一編が収録された、昭和初期の上流階級という時代・舞台設定と北村薫の筆致が小気味良いほどまでにピッタリときている作品集です。
 物語は社長令嬢の英子と、彼女付きになった女性運転手のベッキーさんこと別宮のやり取りが中心となって進んで行きます。最初は聡明で凛としたベッキーさんが探偵役かと思いきや、彼女はお嬢様の聞き役に徹して、ベッキーさんと会話をすることで英子が謎を解き明かすという役割分担。
 昭和7年という、まさに第二次世界大戦の暗い影が迫り始めた時代背景、そして士族・華族や宮様といった上流階級という設定が、主人公の英子のキャラクターを自然にしていると言えるでしょう。
 どうもこれまで、「円紫さんと私」のシリーズでは主人公の無垢な個性が今ひとつ浮いている感じがして、正直あまり入り込めずにいたのですが、その辺の感覚の齟齬も本シリーズにおいては上手いこと回避されている気がします。
 主人公の少女の個性の比較という意味では、「覆面作家」もまた別の味を持った純真無垢なお嬢様ですが、こちらは別の意味でキャラクターが立ち過ぎていて、やはり少々苦手な分野。その意味ではこの英子は北村薫の作風と作り上げた人物が、私にとっては一番しっくりと来るものでした。

 ミステリ的な部分でいえば、やはり北村薫ブランドで、それなりの水準は軽くクリアされているものの、トリックの部分ではどうしても短編というボリュームでは使いきれていない甘さも見えます。
 内容的にも決して悪くはないですし、謎の解明の合理性にも何ら齟齬はないのですが、作者にとっては謎は最初から謎ではなく、作品はそれが明らかになる過程を淡々と記したものになっているという面も多少見え隠れしてしまいます。
 それは、作中で語られる次のような一節で、図らずも象徴されている気がします。

「しかし、そういう暗号解読では、出すよりも解く方が、いかにも不利でございますねえ」
「それはそうね」

     『銀座八丁』(「街の灯」p155)

 最後の中篇『街の灯』では、ぐっとミステリ色も強くなっているのですが、全体的にレトリックの部分では少々物足りない気もします。

 ただそれは、あくまでも「ミステリ」という部分を主眼にした際の話であって、小説として読んだ時には何ら作品の質を貶める要素足り得ないことは事実でしょう。もともと、「本格ミステリマスターズ」の編集委員の一人でもある作者が、この叢書の一環として刊行した1冊だけに、ミステリという要素には過大なまでの期待が入ったがゆえの感想ですので、何も先入観を持たずに文庫を手に取る分には、非常な良作であると言えます。
 密やかに顕される悪意の描き方や、物語を生かす時代風俗の書き込み。その中でハッとするほどの魅力を放つ人物など、技巧的にも非常に高度なものを無理なく使っていると評価出来るでしょう。
 何やらまだ曰くありげなベッキーさんの素性だとか、この先のシリーズ展開にも、期待の持てる1冊でした。