深水黎一郎 『ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ!』 

ウルチモ・トルッコ 犯人はあなただ !
 新聞に連載小説を書いている主人公の元に、「読者が犯人である」というミステリーにおいては不可能であるトリックを考えたので、そのアイデアを1億円で買って欲しいという手紙が届きます。香坂誠一と名乗る人物からの差出人の住所も書かれていないこの手紙は、第2弾、第3弾と続き、その中には彼の少年時代のことを赤裸々に綴ったと思われる「覚書」なる文書も同封されていました。

 まず、「読者が犯人である」という命題に対する挑戦に関して言えば、いかにもバカミスの一発ネタではあるとは言え、作品世界の中における論理としては破綻なく仕上げることに成功しているということは言えるでしょう。その意味では壮大な大風呂敷を広げた挙句に一発ネタではありつつも、そのトリックの根幹を支える記述は非常に丁寧で気を使ったものであり、小説としては破綻なくまとめた意欲作と評すことが出来るでしょう。
 「読者が犯人である」という大風呂敷に加えて、超能力などが登場するとなれば、どこか地雷の風味も感じさせられますが、読んでみれば非常に堅実な記述でもってトリックを成立させた作品であることが分かります。
 ただ、著者も非常にその辺りは気にしながら、かなり細かくフォローも入れているのですが、このトリックを支える記述が100%フェアであるとは言い切れない部分は引っかかりを覚えます。そして本格ミステリとして読むのであれば、読者が文中に記された手掛かりと論理的思考のみで解答に辿り着けるか否かという点においても無理があることは指摘できるでしょう。
 また、超能力の研究者とのシーンは、本作の根幹に関わってはいますし、小説の中においては決して無意味では無いとは言え、些か浮いてしまっている感じも受けます。そうした面で、バランス的にあれだけの比重が必要だったのかといえば微妙なところ。さらに言えば、作中においてトリックを無理なく成立させる特殊状況を作り出している点には、それなりのオリジナリティを見い出すことが出来ますが、大風呂敷の割には結末のインパクトは薄かったという点も指摘できるでしょう。
 ですが、特にキャラクターだけに頼ることなく、派手な展開はさほどなくとも、淡々と進む中で最後まで読ませるだけの筆力も備わっていますし、大ネタであるからこそ、それを破綻なく見せるために細心の注意を払って丁寧に仕上げたということもうかがえ、全体的には好感の持てる作風ではあります。
 もっとも、前回のメフィスト賞作品がとにかく小説として基本的な部分で破綻していただけに、トリックに多少の難はあろうとも、その対極にあるかのような堅実でしっかりとした文章に支えられた本作への評価が甘くなっている感はあるかもしれません。
 次作以降、堅実さ・丁寧さを維持しつつも、バカミス的な一発ネタに頼らずにインパクトを与えてくれる作品を期待したいところ。