西澤保彦 『収穫祭』

収穫祭
 中学生の少年、息吹省路(ブキ)は、台風がやって来たその日、町へ映画を見に行った帰りに、同級生の空知貫太(カンチ)の家に泊まりに行きます。そこへ同級生の繭子が駆け込んできて、少年達は彼女の兄が殺されていることを知らされます。橋が落ちたことで村に閉じ込められた彼らは、この首尾木村の行く先々で大量の殺害死体に遭遇します。そして9年後、フリーライターの涌井が生き延びた当時の証言者の一人とコンタクトを取って事件の再調査を始め、謎を残したままだった事件は再び動き始めます。

 久々に読み応えたっぷりの、西澤保彦らしい長編作品。
 メインの登場人物たちは例外なく、性によるトラウマからグロテスクなまでの歪みを抱え、物語の進行とともにその歪みの度合いを深めていきます。その描写には一切の容赦はないために、テーマ的にもある程度読者を選ぶ作品として仕上がっている点は指摘できるでしょう。
 本作は、大量殺人の真相そのものの衝撃以上に、そこに至る人間の歪んだ心理の追求と、丁寧な伏線の生きている作品であり、テーマの選択の仕方も掘り下げ方も非常に西澤作品らしい西澤作品。
 作品は五部構成となっていますが、中学生だった主人公らが最初に事件に遭遇した1982年の第一部、大人になった繭子の視点で描かれる1991年の第二部、そして再びブキの視点で事件の根幹にある歪みに迫る1995年の第三部までがメインであり、第四部と第五部は、内容的にも分量的にも物語が終息するためのエピローグ的な意味合いが強いパートと言えます。
 そして、第二部と第三部において重要になる、過去の大きなトラウマによる記憶のすり替えや忘却、そしてそれらを思い出して事件の真相に近付いていく展開は、各部における語り手が歪みを深めるのと同時進行で進められており、この辺りの運びの上手さは際立っています。
 ですが、特に第二部と第四部の繭子がメインのパートにおいては、些か荒唐無稽な設定を使い過ぎたため、作品全体の陰鬱で生々しい空気を損ないかねない部分も指摘出来るでしょう。
 全体として、分量の割には不足な部分、過剰な部分ともに感じられないわけではありませんが、リーダビリティもそこそこのレベルを維持し、尚且つ西澤作品のダークな面を全開にした大作としての評価すべき作品でしょう。