グレッグ・ルッカ 『天使は容赦なく殺す』

天使は容赦なく殺す
 ロンドンの主要地下鉄で、イスラム原理仕儀者によるテロが行われ、多くの死傷者が出ます。イギリス秘密情報局の主席特務官であるタラ・チェイスは、政府の命令によりこのテロの首謀者である人物を暗殺するために中東に潜入を果たします。ですが、この任務によって大きな危機を招き寄せ、彼女は思わぬ苦境に立たされます。

 9.11以降の、世界のテロとの戦いの構図を、現代のジェームズ・ボンドともいえる主人公を通して描いた意欲作。
 また、物語を主人公であるチェイスの視点から一元的に描くのではなく、西欧社会で白人として生まれながらもムスリムの教えに天啓を受け、ジハードに身を投じていくシナーンの軌跡を織り込んでいることで、現在世界で起こっているテロリズムをリアルに描き出すことに成功している作品でもあります。
 ただ、中盤までの流れにおいて、場面や視点の転換が頻繁に行われることで、終盤の盛り上がりの部分に行き着くまでが煩雑で焦点がぼやけた印象を受けることが残念。
 その大きな要因としてはやはり、"卓越した技術を持つ美貌のクールな殺し屋"として描かれる主人公・チェイスのキャラクターの書き込みが不十分であるという点も指摘できるでしょう。もっとも、本作を皮切りにシリーズとして描き続け、その中で徐々にキャラクターが立つのであれば、非常に魅力的な作品となり得る気もします。