河上朔 『wonder wonderful 上/下』

wonder wonderful 上wonder wonderful 下
 異世界と行き来し、向こうの国の危機を救って国王に即位した「ザキくん」の恋人である妹のヒナタが病気で苦しんでいる事を、姉であるコカゲは知ります。妹を助けるため、コカゲは夢中で異世界に飛び込んだものの、城に侵入した不審者として扱われ、ヒナタの姉であることが分かった後も何故か冷たい視線ばかりを浴びせられます。

 いわゆる異世界物のライトノベルの系譜に属する物語ではありますが、そうしたものの多くは「飛び込んだ異世界で国の危機を救い、その世界の人間と恋に落ちる」という、本作においては妹のヒナタこそを主人公とするものだと言えるでしょう。
 それに対し、既に自分の生活基盤をしっかりと見据えた20代後半の社会人である本作の主人公であるコカゲは、こう言います。

物語と一緒。主人公はいつだってなにか使命を背負っていて、次々と襲ってくる困難にも負けず、いつしか心を許しあう頼もしい仲間たちと笑ったり怒ったり傷ついたりしながら成長して、最後にはその使命を全うするのだ。
……冗談じゃない。
そんなものは、十代のやわらかな心だけが吸収し、耐えることのできるシナリオだ。
私にそんな元気な真似はできないし、胸打つ心の成長にだって限度がある。と言うより、ここで私の心が大いに成長を遂げてしまったら、かえって悲しい。今まで何をやってきたんだってことになる。

 ですが、最初から自分が異世界に来たことを「イレギュラー」で、自分はヒナタとは違ってその世界に骨を埋めるわけではないとしながらも、周囲の人間たちの態度にコカゲは深く傷つきます。
 そして傷つきながらもしなやかな心で人々の優しさを感じ、自身でそれを何倍にもして周囲に還すコカゲを中心とした人物造詣こそが、本作の大きな魅力でしょう。
 その意味では本作においては、どんな脇役であれ、名前を持つキャラクターは全て、その人なりの立場と信念に生きており、それぞれの行動原理が非常に明確です。番外編を除き、終始一貫して主人公のコカゲの視点で語られる物語は、コカゲが出会った人たちとの触れ合いからその人を知り、そしてコカゲが常に自分自身を見詰める物語であるとも言えるでしょう。
 ファンタジー小説としては、あるいは世界構築の甘さという点を指摘する声もあるでしょうし、都合よく全てが丸く収まり、救いようのない「悪」を排除した面でのご都合主義的な匂いを感じるという向きもあるかもしれません。
 ですが、あくまでも主人公の視点に終始したことで、彼女の見る人間たちの優しさも残酷さも、それを感じ取る主人公のしなやかな精神の上にあることで、そこに生きる人々は皆生き生きと描かれますし、きっちりとその物語の中の「人を描いたファンタジー」としての側面は高く評価したいところ。
 その意味では、同じように一貫して主人公のキャラクターを主軸としながらも、主としてライトノベルなどの一部に見られる、主人公と限られた人間だけの閉鎖的な関係の中での幸福を着地点とする、いわゆる「キミとボク」「世界系」と言われるものとは一線を画す作品と言うことができるかもしれません。
 物語の中において、いつか元の世界に帰るから絶対に誰にも「落ちない」と告げたコカゲの恋にしても、決してそれだけを前面に打ち出すことがないからこそ生きていますし、作中の登場人物の嘘のない心の結末として納得のいくものとなっています。
 個人的には最近流行の「ネット発の小説」の大半は、活字媒体の中で読むとなれば正直あまり受け付けないものも多いのですが、本作に関して言えば、大量生産・大量消費の傾向の激しいライトノベル界にあっては、十分に勝負できるレベルにあると言えるでしょう。
 ただし、こうした傾向の小説としては、単行本、しかも上下巻で2700円程度になるという点は、仕方がないこととは言え弱点になるのは否めないでしょう。