伊坂幸太郎 『ゴールデンスランバー』

ゴールデンスランバー
 仙台の町で、パレードの最中に首相が殺害されるという事件が起こります。やがて報道で犯人と特定されたのは、2年前にアイドルを暴漢から助けたことで時の人となった、元配達員の青柳でした。その少し前に学生時代の友人の森田と会っていた青柳は、車の中で森田に「オズワルドにされるぞ」と言われます。巧妙に仕組まれた大掛かりな陰謀に陥れられることになった青柳は、市内に張り巡らされた監視システムと警察の目を間一髪で潜り抜けながらの逃亡を続けますが、一方で彼と繋がりのある人間達に対する圧力も広がっていきます。

 徐々に広がりつつある「監視社会」という現状を織り交ぜながら、権力による陰謀の恐ろしさを、スピード感のある展開で読ませる作品。
 本作では敢えて主人公の単純な一人称視点にまとめずに、青柳と青柳の別れた彼女の視点を中心に、この事件に関わる他の人間や青柳自身の回想を組み合わせた複雑な構成が生きています。そうした描き方によって、「権力に蹂躙される側」の立場を浮き彫りにしつつ、単調な陰謀物ではなくスピード感に満ちた巧妙な展開でスピーディでエンターテインメント性の高い作品となっています。
 さらには最初のパートをメディアに踊らされる典型的な「大衆」の視点にしたことで、冒頭部から権力とメディアによる周到な情報操作の持つ絶対的なパワーの恐ろしさを読者に植え付けることに成功している点でも、構成の上手さや洗練された手法に対する高い評価が出来ます。
 また、随所に主人公らの青春時代を象徴するように、ビートルズのGoldenSlumbersを初めとしたキーワードが現れては現在の青柳と結び付くことで、伊坂幸太郎らしい反骨心や青臭さに導かれて物語は展開していることも指摘できるでしょう。
 結末に関して言及するのならば、本作は決して一個人が陰謀を暴き立てて権力に対する勝利を収めるという、ある意味分かりやすい勧善懲悪で終わってしまうものではありません。
 巨大な権力による一方的な蹂躙を受け、理不尽な末路を辿る登場人物も少なくありませんし、序盤で記される「その後」を見ても、作中で描かれなかった部分も含めて単に読み終えてスカッとするタイプのエンターテインメントには終わっていません。
 ですが、だからこそ成立する物語におけるリアリティがあり、圧倒的な力の前に膝を屈する他ない弱者の立場にありながらも揺るがない格好良さとでも言うべきものが、本書の登場人物たちからは感じ取れます。