カール・ハイアセン 『復讐はお好き?』

復讐はお好き? (文春文庫 ハ 24-2)

 2年目の結婚記念日、洋上の客船から夫に突き落とされて殺されかけたジョーイは、自分を殺そうとした夫への復讐を誓います。愛する妻を突然失って悲嘆に暮れる夫を演じる反面、早々とジョーイの持ち物を処分した家に浮気相手の女を連れ込む夫のチャズは何故ジョーイを殺そうとしたのか。夫婦仲は決して良いとは言えないものの、彼女が死んでも遺産はチャズには1セントも行きませんし、殺されるほどに憎まれる覚えもありません。怒りに燃えたジョーイは、彼女を偶然に助けた元警官のミックの協力を得て、チャズの留守に家に入り込んで自分の痕跡をわざと残すなど、夫を追い詰める行動を開始します。

 警察の手を借りずに夫への復讐を企てるジョーイの小気味良さは勿論のこと、殺人というとんでもないことに手を染めながらも典型的なダメ男で情けなさ全開の夫のチャズをはじめ、出てくる登場人物の脇役に至るまでの人物造形の見事さが際立つ作品。
 それぞれがひと癖もふた癖もあり、主人公視点から見れば憎むべきポジションにある相手までがどこか可笑しさを感じさせています。客観的な第三者でありながら唯一チャズが妻を殺したのではないかと疑う警官のロールヴァーグにしても、飼っているニシキヘビが逃げ出して近所の犬猫が行方不明になったことで暗澹たる気持ちになるなどどこか抜けた魅力がありますし、チャズのボディガードとして寄越された粗暴な大男のトゥールも、単なるステレオタイプの端役に終わらず、彼独自の論理と倫理によって物語のキーマンとなるさまは非常に魅力を感じるところです。
 単調な倒叙でもなく、重苦しい復讐物でもなく、味のある登場人物たちによる群像劇の様を呈し、軽妙なテンポで終始展開される物語の結末は、見事に「おさまるべき所におさまった」という印象。
 550頁近い分量を感じさせない勢いを持った作品でした。