ジェフリー・フォード 『シャルビューク夫人の肖像』

シャルビューク夫人の肖像 (ランダムハウス講談社 フ 8-1)

 肖像画家としての地位を確立して名声を得ているビアンポは、しかし自らの芸術性と現実に生計を立てるための仕事の間にあるものに対して不満を抱きつつも、その地位に甘んじて生きています。そんな中で盲目の老人を寄越して、破格の報酬で彼に肖像画を書いて欲しいと依頼をしてきたのは、「シャルビューク夫人」と名乗る女性でした。ただしこの仕事においては、シャルビューク婦人の姿を決して見ないことが条件とされます。風変わりな生い立ちをし、資産家のお抱え占い師だった父親のもとで、「予言者」としての才能を開花させていったという彼女の荒唐無稽な話を聞かされながらスケッチに取り組むビアンポですが、彼の周りで不気味な事件が起こり始めます。

 姿を見せない屏風越しの女性の肖像を、彼女の生い立ちや内面を語る言葉から浮かび上がらせて描こうとする画家という、実に魅力的な題材を扱った物語。
 序盤から幻想的な舞台立てが用意され、謎のシャルビューク夫人の口から淡々と語られる荒唐無稽な物語から、読者もまた「シャルビューク夫人」の姿を脳裏に思い描いていかされます。同時に、それはシャルビューク夫人の肖像に取り組むビアンポの人生や彼の姿をも浮き彫りにしており、その意味で本作は、独特の手法を持って人物を効果的に描くことに成功していると言えるでしょう。
 両目から血の涙を流して怪死する女性たち、そしてビアンポに迫る夫人の嫉妬深い夫の「シャルビューク氏」。夫人の語る物語に加え、これら19世紀末という時代背景の中で生きる神秘主義や怪奇趣味に満ちた幻想的な展開は、それだけであれば何ともおさまりの悪い幻想小説に終わりそうなものですが、ビアンポの生きる現実はしっかりとそこに存在しており、特に結末部においてはミステリと幻想小説とのバランスが非常に良いものになっています。