蒼井上鷹 『まだ殺してやらない』

まだ殺してやらない (講談社ノベルス ア AF-01) (講談社ノベルス アAF- 1)
 妻を惨殺された犯罪物のノンフィクション作家の瀧野和一は、自らも犯人を追い事件の調査に乗り出します。調査をするうちに瀧野は、妻の事件も、被害者の無惨な最期を生き残った者に見せつけ希望を奪うような真似をする「カツミ」と呼ばれる犯人によるものではないかと思いますが、「カツミ」の犯行とされる別の事件の証言との食い違いによって、警察にその可能性を否定されます。この矛盾を解き、さらに警察が「カツミ」を逮捕したというニュースが流れますが、その直後に瀧野の事件に関わっていた人物が切り裂かれる映像が「カツミは捕まってもおれは捕まらない」というメッセージと共にメールで送信されます。

 二転三転する展開、被害者よりも生き残った人間を絶望させるような犯人の行動とその中で徐々に人間性が壊されていくような暗さなど、非常に良く出来たクライムサスペンス。
 ひとつひとつ積み上げてはそれがミスリーディングとなり展開がひっくり返される構成の巧みさ、犯人によって瀧野の精神がボロボロにされていくのが分かるかのような中盤の展開など、総じて読み応えのある作品に仕上がっていると言えるでしょう。
 この辺りの二転、三転のし具合は、(以下ネタバレ反転)序盤、導入部において瀧野の事件が「カツミ」の犯行であることを読者に刷り込むことに始まり、突然「カツミ」が逮捕され、さらには真犯人からの挑発めいたメールによっての急展開すらも「始まり」である辺りが周到と言えるでしょう。そして描かれる中盤での瀧野の狂気それ自体がミスリーディングとなっていたりと、読ませ方の上手さの点で評価に足るものであり、読み応えのある作品に仕上がっていると言えます。
 ですが半面、終盤の急展開から一気に結末部に雪崩れ込んだ後の真相に関しては、スピード感はあるものの若干急いで詰め込み過ぎた乱雑さも伺えます。特に逮捕された「カツミ」と犯人との関わりなど、犯行の中にあるヒントやそれまでの部分での伏線は皆無ではないものの、書き込みの弱さを感じさせられます。
 また、犯人との対決における緊迫感と、犯人の受ける衝撃や瀧野にある狂気などは読み応えのある展開ではあったものの、最後の講談社のWEBサイト内にある「メフィスト番外地」への誘導は明らかに蛇足。お遊びでオマケとして作ったにしても、「衝撃の結末」という一分に誘導された先の素人染みた稚拙な趣向には、別の意味で呆然。作品の余韻を楽しみたい読者はむしろ見ない方がいいかもしれません。