コニス・リトル 『記憶をなくして汽車の旅』

記憶をなくして汽車の旅 (創元推理文庫 M リ 5-1)
 オーストラリアを横断する列車の中で目を覚ましたヒロインの「わたし」は、ちょっとした事故で気を失っているところを介抱されていました。一緒にいた女友達は怪我をして列車を降りたと聞かされますが、頭を打ったせいか「わたし」には記憶がありませんでした。持っていた荷物から、「わたし」は「クレオバリスター」という女優であることが分かります。記憶喪失である事を告げられないまま、会ったことのない親戚や婚約者だという男性と落ち合って列車での旅をする中で、どうやら「クレオ」が犯罪に関わっているらしいことを察することになり、彼女は自分は「クレオ」ではなく、怪我をして列車を降りたという友達の方と取り違えられたのだと信じたくなります。そうした複雑な状況の中で、列車の個室で女性が殺され、状況から記憶が混乱したままの彼女に疑いがかかります。

 鉄道旅行を舞台としたミステリといえば、クリスティの『オリエント急行殺人事件』がすぐに浮かびますが、本作もまた古きよき時代のテイストの色濃い鉄道ミステリーに数えることが出来るでしょう。
 冒頭からの主人公の記憶喪失、自分の知らない自分が犯罪に関わっていたかもしれないという恐ろしい疑惑、金持ちで奇妙な親戚、一癖もふた癖もある婚約者など、舞台立ては何とも魅力的ながジェットに満ちています。
 ただし、癖のありすぎる登場人物の会話のテンポなどが、どうもサスペンスの緊迫感をゆるくしてしまっている印象もあり、今ひとつどこを取っても盛り上がりに欠けるという印象もあります。さらには結末部での犯人の告白もやや唐突であり、事実と推理の積み重ねの面で弱さを指摘することも出来るでしょう。
 主人公に記憶がないことから、「わたし」が「クレオ」なのかもう一人の女なのか、という部分がメインの謎になるのでしょうが、この辺りももうひと捻り欲しかったというのが正直なところ。
 上記のように若干の物足りなさもあるものの、列車が進んでいくのと並行して物語が進んでいくのが一目で分かる目次・構成は期待感を持たせてくれますし、軽く楽しむ1冊としては十分に楽しめました。