芦辺拓 『十三番目の陪審員』

十三番目の陪審員 (創元推理文庫 M あ 9-4)
 冤罪事件を意図的に作り出し、それでドキュメンタリーを書かないかと持ちかけられ、鷹見瞭一はそれを引き受けてしまいます。絶対と信じられがちなDNA鑑定を逆手にとって意図的に生み出す冤罪事件のための大掛かりな偽装を準備し、瞭一は言われるままに架空の殺人事件の犯人になるべく行動をします。ですが、架空だったはずの殺人事件に実在の被害者がいたことを、瞭一は警察の取調べで聞かされて愕然としますが、誰一人として彼が主張する「冤罪計画」の話を信じようとしません。一方で、期せずしてこの事件の重要な証人となってしまった弁護士の森江春策は、瞭一の言い分を信じて彼の弁護を引き受けます。ですが、この事件の裁判には、戦後日本で初めての陪審員制度が導入されることになり、森江の仕事は困難を極めます。

 本作が世に出たのは十年ほど昔であり、はしがきで説明されるように作中で導入される陪審員制度は近々実施される裁判員制度とは異なっています。本作は「陪審員制度を導入した架空の」パラレル設定の日本を舞台とした作品となってはいますが、十年前の時点でこの作品を書いた著者の慧眼には感服したいところ。裁判の短期化をまず何よりも目的に挙げた裁判員制度は、本作で使われ、また欧米で施行されている陪審員制度とはまた違った問題も出てくるのでしょうが、裁判に一般市民の目を取り入れることで法が権力によって恣意的に捻じ曲げられないという、基本理念を守る強さが本作には描かれています。
 また、本作では第一部で仕掛けられる「冤罪計画」によって、人工的に創り出した犯罪という罠に、犯人役として鷹見瞭一が嵌り込んでいく過程が如実に描かれます。この犯罪の大仕掛けさは、一種の倒叙方式の展開を見せることで、本作に著者言うところの「逆本格推理小説」としての側面を成立させています。
 そしてこの「冤罪計画」に陥れられた瞭一を救い出すための細い糸を探る森江春策の試行錯誤が、臨場感に溢れた展開を見せることになります。
 有罪になろうと無罪になろうと勝つことが出来ない裁判に、森江春策が挑んだ起死回生の策が、見事に結実するクライマックスの落としどころもまた、実に見事であると評価することが出来るでしょう。