中野順一 『ロンド・カプリチオーソ』

ロンド・カプリチオーソ (ミステリ・フロンティア)
 バーでピアノ弾きのバイトをするタクトは、付き合っている彼女で、少しだけ未来の<ビジョン>を垣間見る能力を持つ花梨に、新宿の西口付近には近付かない方が良いと忠告を受けます。彼女は<ビジョン>でタクトが泣いている姿を見たと言いますが、ここ数年泣いた記憶などないタクトは、生来の好奇心もあって、敢えて理由をつけて彼女の忠告に逆らいます。トモミという美女とぶつかったことで壊れる携帯、高名な父親の隠し子騒動、そして突然の友人の謎の死。これらのトラブルに自ら深入りしていくタクトですが…。

 予知能力という特殊要素はあるものの、前作に引き続き、それはあくまでも物事のはじまりの「きっかけ」に過ぎないので、特に物語中での違和感は本作においても感じることはありません。
 そして、前作『セカンド・サイト』では鍵となるべきでありながら存在感が異様に薄かった花梨も、出番こそ少ないものの、物語中においては適正な配置に収まっているように思います。
 ただ、前作でもそういう部分はありましたが、主人公タクトの無軌道な個性は、「都会的」で「イマドキ」な作風においては「有り」なのでしょうが、どこか根底で捨てきれない甘えやモラルのなさとも受け取れる部分で、ある程度読み手を選ぶ可能性はあるでしょう。
 彼の前に繰り広げられた幾つものトラブルの帰結に関しては、無理はないものの伏線の甘さは一部感じられますし、終盤で事件の構図がひっくり返るという部分でのサプライズが何故か薄い分、ミスリーディングがミスリーディングとしてさほど機能していない気もします。
 それでも、登場人物たちの不完全さゆえのリアルさや、猥雑な空気を持ちながらもスタイリッシュさを感じさせる作風には、一定の評価が可能と言えるでしょう。