ローリー・リン・ドラモンド 『あなたに不利な証拠として』

あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ミステリ文庫)
 やむをえない状況の中、勤務中に被疑者に向けて発砲し、相手を死なせてしまったキャサリン。事故によって警官を辞めたリズ。「いい警官」だった半面「いい父親」ではなかった父親と同じ職業に就き、同じように銃を手にし続け、自らの裡の父親の影に苦しむモナ。ナイフで胸を刺されて暴行されかかったという女性の主張を、現場の状況から「殺人未遂を装った狂言自殺未遂」と決定した事件の再調査のため、被害者女性と6年の歳月を経て再会するキャシー。不条理な暴力の中で殺された被害者女性への思い入れから思わぬ事態を招き、職場放棄をするサラ。彼女らバトンルージュの5人の女性警官を主人公とした短編集。

 死の臭い、銃の携行によって体につく痕。そういったリアリティに満ち、淡々とした静かな筆致によって、5人の主人公たちの「警官」としての生き方、正義感、信念などが描き出された作品。そしてまた、いわゆるミステリの範疇にある「警察小説」ではなく、女性警官である主人公たちをどこまでもリアルに描いた「警察小説」として、高い文学性とでも言うべきものを確立した稀有な作品であると言えるでしょう。
 勿論、作中で描かれる事件が必ずしもきちんとした結末を見せないことには、ある種のフラストレーションも伴います。ですが、それもまた警官の現実であり、物語の主眼はあくまでも警官としての苦悩を抱えた彼女らを描くことであることを思えば、事件の未解決すらも強烈な余韻となって生かされていると言えるでしょう。
 犯罪の現場で被疑者に対して発砲し、相手を死なせてしまったキャサリンは、彼女と同じ警官の夫を犯人の銃撃によって喪っています。殺すことで生き延びたキャサリンと、殺された夫との対比、そして後に「伝説の警官」と呼ばれる彼女の、どこまでも「警官」でしかない生き方。
 事故によって警官を辞めなければならなかったことへの深い喪失感を抱えたりズにしろ、父娘二代で「良い警官」と「良い父(母)親・良い夫(妻)」との狭間で苦しんだモナにしろ、そして犯罪被害者と現場の刑事の間に断たされるキャシーにしろ、被害者に感情移入しすぎた挙句、オーバーフローしてしまったかのようなサラにしろ、一人の人間、一人の女性である前に「警官」として生きてしまうことでの苦悩を抱えています。
 そんな5人の女性警官を主人公にした本作は、決して明るい物語でもありませんし、読後感もすっきりしたものとはいい難いのは事実でしょう。ですが、それだけに、どこまでもリアルな苦悩を持つ人間を描いたという点で、本書は高く評価されるのでしょう。