ジル・チャーチル 『カオスの商人』

カオスの商人 (創元推理文庫)
 クリスマスを控え、ジェーンは近所の人たちとのイベントの掛け持ちやら、隣に引っ越してきた傍迷惑な住人やらのおかげで気の休まる暇もない上、付き合いを深めている恋人のメルの母親とも会わなければならなくて、相変わらず様々なことに頭を悩ませています。そこへ来て、地域の人たちを呼ぶパーティに、悪評高いTV局のリポーターを呼ばれたり、メルの家の暖房が壊れたとかで突然彼の母親を家に泊めなければならなくなります。そんな中で何とか開催されたパーティには、断ったはずのリポーターが押しかけて来た上に、隣の家の屋根から足を滑らせたと思わしき人物が死んでいる姿までが発見されてしまいます。

 主婦探偵ジェーンのシリーズ10作目。ここまで来るとマンネリ化するかと思いきや、明らかにジェーンを歓迎していない恋人の母親との、笑顔の下での女同士の密かな戦いなど、ジェーンを取り巻く環境はトーンダウンすることなく目まぐるしいものです。亡き夫の母親のセルマが霞むほどに、ジェーンにとって現在の恋人であるメルの母親のアディは強敵であり、さらにそれだけではなく、時として迷惑なほどに個性的過ぎる地域の住人たち相手に奮闘するジェーンの姿を楽しめます。そうした意味で本作においても、これまでのシリーズ既刊作品以上に、三人の子どもの母親として、地域で活躍する主婦としての、ジェーンの生き生きとした姿は相変わらずコミカルかつ魅力的に描かれます。
 事件の真相が明らかになる過程に関しては、アメリカの中流家庭の人間であれば目にするであろうグロサリーの中にヒントがあるなど、「主婦探偵」の面目躍如といった部分はあるものの、日本人読者にはちょっとそのヒントでは厳しいという気もしないではありません。
 ですが、「殺人」という事件によって登場人物たちのそれまでは見えなかった姿が見えるようになる展開が、終始テンポ良く繰り広げられ、いかにも主婦の日常を思わせながらも軽妙な会話によって引っ張られる物語のリーダビリティも、これまで同様に高いものとなっています。