セバスチャン・フィツェック 『サイコブレイカー』

サイコブレイカー
 クリスマスを控えたベルリン郊外の精神病院にいた記憶喪失の男「カスパル」は、主治医だったソフィアが何者かに襲われ、病院は外界から完全に孤立してしまうことになります。若い女性を誘拐し、何らかの手段によってその精神だけを破壊する「サイコブレイカー」と呼ばれる犯人の被害者と酷似した症状のソフィアを助け、病院内にいると思われる「サイコブレイカー」から身を守ろうとするものの、カスパルらは徐々に追い詰められていきます。そして、この事件の記録であるカルテを通じ、とある心理実験が行なわれます。

 本作では、病院に閉じ込められ、襲ってくる「サイコブレイカー」との攻防を描いた「カルテ番号131070/VL」が、本書におけるメイン・ストーリーになります。そしてさらに、その外側の物語として本作には、「カルテ」を読む学生と教授のパートが配置されています。
 また、その「カルテ番号131070/VL」で展開される物語を読む私たち読者も、著者の仕掛けたこの枠組みに組み入れられる、メタフィクション的な構造をも内包しています。この本のあるページには、一見すると誰かの手書きのメモが間違って張られてしまったとしか思えない、黄色い付箋が貼り付けられています。訳者のあとがきにもありますが、これは著者によって施されたれっきとした「仕掛け」であり、この付箋もまた、読者を物語の内側に引きずり込むための非常に凝った小道具として機能することになります。
 また作中には、『治療島』に登場したヴィクトル・ラーレンツの名前が登場したりと、あちこちに遊び心が散りばめられた作品になっていると言えるでしょう。
 これまでの3作品と比べれば、突出した要素はさほど感じられないものの、読ませる展開の上手さや凝った仕掛け、緊迫感のある話運びなど、著者の安定した力量が見て取れる作品と言えるでしょう。