スティーグ・ラーソン 『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士 上/下』

ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士 上ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士 下
 頭を撃たれたものの奇跡的に生還したリスベットと、彼女に深手を追わされたザラチェンコは病院に搬送されます。ですが、この事件でかつての暗躍が明るみに出ることを恐れた公安警察の当時のメンバーたちは、リスベットの口を塞ぐために再び彼女の自由を奪うべく行動を開始します。リスベットを守り、暴走する公安の一部の暗部を白日の元にさらすため、ミカエルは弁護士で妹のアニカにリスベットの弁護を頼み、自身も信頼の置ける協力者たちとともに動き始めます。

 内容的には前作の流れをそのまま引き継ぎ、前作で残された問題がさらに新たな広がりを見せ、そして終息することになります。物語の前半は、リスベットの自由を奪い、彼女を無用に虐げてきた狂信的なまでの(そして誤った)社会システムの一部を歪める人間たちと、ミカエルを筆頭とする「狂卓の騎士」たち、そしてリスベット自身との間で繰り広げられるスパイ・スリラーに仕上がっています。そして後半では、リスベットから再び自由を奪おうと企む者たちによってしくまれた裁判で、彼女らが国家の暗部と対決をするという、壮大なまでのリーガル・サスペンスの色彩を濃くします。
 これらの主軸に加え、雑誌「ミレニアム」を離れ大手新聞社にヘッドハンティングされたエリカの、彼女を認めようとしない周囲や卑劣な女性蔑視との戦いなども繰り広げられます。そして、そのサイド・ストーリー的な展開の中で培われる人物造詣は、そのまま終盤で生きてきており、本作は細部まで計算し尽くされた徹底的なエンターテインメント性の追求とその実現がなされています。
 また、前作においては中々「敵」の姿が見えず、繰り出される攻撃に後手後手に対処するしかない上、最重要人物であるリスベットとミカエルの間に溝がありましたが、本作では、離れてはいるものの二人は連携し、「チーム」とともに積極的な反撃の準備に備えます。それゆえに、終始失速することのないスピード感のある物語において、終盤で全てが集約される、小気味良いまでの爽快感が見事に演出されることになります。
 本作での「敵」は、社会システムの歪みの中に、誰も気付くことなく生まれてしまった「国家」の力の手に負えない濫用者であり、本作ではその卑劣さを憎むとともに、社会と個人のあり方に警鐘を鳴らしていると言っても過言ではないでしょう。
 そして、社会システムの一部が暴走することで、不当に権利を奪われてきたリスベットを守り、社会の害悪にしかならない暗部を決して許さない登場人物たちの戦いは、最後までブレることなく貫かれる力強さに満ちています。
 おそらく、この先に描かれたかもしれない、彼女の行方不明の妹とリスベットとの対峙など、この先のリスベット・サランデルの物語。そしてミカエルの提唱したように、「狂卓の騎士」が年に一度の集まりを開いて、その活動たる「リスベットの悪口を言う」場面。これら、この物語の「続き」を読むことが、著者が亡くなってしまったゆえに出来ないことが非常に残念です。
 三部作、それなりのボリュームもある上に、登場人物の多さに加え、馴染みのない名前の多さなどもありますが、それがあってもなお本作は、極上のエンターテインメントとして高く評価されるに足る物語でした。