柳広司 『吾輩はシャーロック・ホームズである』

吾輩はシャーロック・ホームズである (角川文庫)
 ロンドンに留学した夏目漱石こと通称"ナツメ"が、心を病んで自分をシャーロック・ホームズだと思いこみます。ホームズの兄の伝手で、当面はワトソン博士と一緒にホームズとして生活をすることとなったナツメですが、招かれていた高名な霊媒師による降霊会の場で殺人事件が起こってしまいます。

 終始滑稽に描かれる漱石の姿は、道化的なユーモラスさを醸し出しますが、それが終盤において事件の背景に繋がる伏線ともなる、当時の英国人が無意識に見せつける傲慢さにもつながっており、実に良く計算された舞台立てと登場人物の配置であったことを見て取れます。
 また、本作はホームズ物のパスティーシュとしても違和感なく読むことができ、さらには物語の視点であるワトソン博士の背後にあるコナン・ドイルが"サー"の称号を得るに至った背景に対する皮肉など、実に多くの書き込みが細部にまでなされていると言えるでしょう。
 滑稽な東洋人としての漱石というキャラクター立て、ホームズ物のパスティーシュとしての味に、作品の舞台となる時代背景が見事に合致して生まれたと言える一作。