米澤穂信 『リカーシブル』

リカーシブル

 親の都合で母親の故郷の町に引っ越すことになった中学生のハルカ。ですが、その町に来た途端、小学生の弟のサトルが未来に起こることを予知するようなことを言ったり、母が言うには初めて来たはずのその町の風景や、まだ起こっていない事件を知っているかのようなことを言い出します。そして、「未来が見える子供の話」から、その土地に伝わるタマナヒメの伝承が浮かび上がります。

 ひと言で要約するとすれば本作は、子供の世界と郷土に伝わる伝説を、大人の論理とローカリズムが歪めた世界の物語だと言えるかもしれません。複雑な大人の事情で引越しを余儀なくされ、家庭の事情ゆえに学校でも家族の中で不安定な立場にハルカは立たされることになります。
 父親のせいでママとサトルとハルカの三人で始めることになった新しい生活は、ハルカに様々な我慢を強いることとなります。そんな自身を取り巻く環境の変化や家族の中でのフラストレーションに、中学生になったばかりのハルカは晒されることになります。町や学校での「余所者」という立場に気を使い、精一杯浮かないようにと腐心するハルカはまた、家族の中においても面倒を見なければならないサトルと、女手で家族を支えようとするママとの間で痛々しいほどに気を使いながら生活します。
 そんなハルカの痛々しさは物語が進むほどに増していきますが、同時にそこには巧妙に張り巡らされた伏線があることが最後に明らかにされます。
 本作は、郷土史に秘められた現代にまで続いて繰り返される歴史の真実と、そこに在る「怖さ」とともに、結末部で真相が明かされ物語の根幹が見えてくる際の鮮やかさが印象的な一作と言えるでしょう。そこには、子供であるが故の痛々しさ、さらには未来へ続く希望が微かに感じられるラストなどを含め、あらすじで語りつくすことのできない多面性を持った物語の複雑性が存在しています。
 さらには、タイトルである「リカーシブル」という造語に含まれた意図が明らかになる真相が実に鮮やか。「そんな荒唐無稽な」と言えないほどに、物語中でのリアリティを持った「再現」-「呼び起し」の構図が見事にタイトルにはまっていると言えるでしょう。「リカーシブル」という要素はこの物語の構図上のことだけではなく、タマナヒメ伝承や、作中での諸々細かい部分にまで反映されているようでもあり、こうした細部まで練られた物語の精度の高さは稀に見るものとも言えるかもしれません。