梓崎優 『叫びと祈り』

叫びと祈り (創元推理文庫)
 砂漠を渡る隊商の中で起こった殺人事件。スペインの歴史ある町で人が消えたという伝説のある風車での人間消失の真実。ロシアの修道院で聖女として列聖されるかもしれない腐敗しない修道女の遺体をめぐる事件。アマゾンの密林に暮らす集落の中で発生した伝染病。日本人ジャーナリストの斉木は、一見すると不可解なこれらの謎を解き明かしますが…。

 異文化の中における、そこでだから成立する動機や錯誤を生かしたミステリ短編集。
 冒頭の『砂漠を走る船の道』は、本書の特筆すべき方向性を示しつつ、読者に対する仕掛けの細かさを評価することが出来るでしょう。
 さらには続く『白い巨人』でも、メインの人間消失のトリックは敢えて著者の狙いであろう肩すかしのような真相と、読者に対して密かに仕掛けられていた小さなトリックとのバランスが絶妙な味わいを感じさせます。
 『凍れるルーシー』においては、真相についてはある程度の予想は出来るものの、その謎を解き明かす手掛かりの緻密さに加え、謎を謎として超常現象を示唆する結末によって残したことで、独特の怖さを感じさせるものとなっています。
 そして『叫び』においては、それまで異邦人であり続けながらも、謎を解くことで異文化に生きる相手を理解してきた斉木が、ついに決定的な断絶状況へと落とし込まれる結末が待ち受けます。ですが、この結末を受けての救済を示唆する『祈り』を末尾に配置することで、本書は連作短編集として何とも美しい物語を見せてくれていると言えるでしょう。
 各編で描かれる事件の背景や動機には、その土地だからこそ培われてきた価値観や思想といったものが根底にあり、同時に「異邦人」である斉木の視点であるがゆえの錯誤といったものが存在します。そしてその錯誤はそのまま読者に引き継がれることで、詩美的な謎を形成することになります。
 斉木と各編の舞台となる土地の人間たちの間には、こうした錯誤を引き起こすに十分な文化的な隔絶があり、それゆえに斉木は事件の本質を理解してもなお孤独です。そうした部分で、「異邦人」であるゆえに、どこに行っても斉木が孤独であることは、『叫び』において強調され、物語の末尾を飾る『祈り』でその救済が示唆されるという、作品全体の構図が見事に生きた1冊と言えます。
 謎の詩美性、謎を形成する舞台構築の点でも、本作は実に優れた作品であると言えますが、同時に各編において描かれる、情感たっぷりの筆致で描かれる異国の情景の見事な点もまた魅力でした。