真梨幸子 『えんじ色心中』 講談社文庫

えんじ色心中 (講談社文庫)
 マニュアルを作成するフリーライターと派遣の仕事を掛け持ちする久保ですが、無理な納期での仕事を振ってくるクライアントと、派遣先での人間関係から仕事や生活のペースに支障をきたすようになってきます。そんな中、受験戦争を潜り抜け、志望校に入学したものの、家庭内暴力に走った揚句、そのことを危惧した父親によって中学生が殺害されるという、十六年前に起こった事件が世間から最注目されます。その事件の少年と同じ塾に通っていた過去がある久保は、当時の自分に大きな影響をもたらした少女のことを思い起こしますが……。

 著者自身が「原点」と語る、真梨幸子の初期作品の文庫化。
 システムによって鬱屈した人間の暗部は著者の後の作品でも描かれますが、本書ではそうした人間をクローズアップするというよりは、社会システムそのものの不公平さや歪みにこそ、より焦点が当てられます。
 そこに描かれる登場人物は、社会の下層から抜け出せない閉塞感や不条理の中に生きており、ある意味では現代社会の歪んだシステムこそが主人公となっている作品であると言えるかもしれません。そして、こうした社会の抱える閉塞感と未来に対する絶望は、おそらくは作品の発表時よりも、現在の方が現実において大きくなってしまったのかも知れません。その意味では、今だからこその文庫化のタイミングであり、今だからこそ読まれるべき一作なのでしょう。