島田荘司 『ロシア幽霊軍艦事件』

ロシア幽霊軍艦事件
 実在する歴史上の人物や出来事を絡めて、壮大な謎解きを展開するという種の作品は数多くありますが、作中で広げられる風呂敷の大きさ、ハッタリのスケールでは、おそらく本作は群を抜いているのではないでしょうか。
 自らロマノフ王朝の最後の皇女、アナスタシアを名乗ったアナ・アンダーソンの真実に関しては、作中におけるリアリティを超えて、ある種の説得力を持ったものであったと思えます。特に著者ならではの、現代の最先端研究をこの謎に当てはめようとする発想の面白さは従来のアナスタシア研究では確かに欠けていた視点なのでしょう。
 また、外海と繋がっていない芦ノ湖に突如として姿を現し、嵐の夜に一夜にして消えたという幽霊軍艦の謎も、その存在だけで何ら客観的な傍証を持たないとはいえ、著者らしい大掛かりな一発ネタの面白さを堪能できました。
 ただ、細部においてはアナスタシアの謎にしろ、軍艦の謎にしろ、些か苦しい部分は無きにしも非ずです。それでも単なる歴史のトンデモ系で終わらない著者の力量は、かつてほど無条件に期待されることが無くなった今を持ってなお確かなものと評価できると思います。
 『アトポス』や『水晶のピラミッド』において見られた、現代の時間ではない部分での物語の分量の膨大さゆえの全体のバランスの悪さもなく、じっくりと楽しめた1冊です。ただ、結末において付け足されたような印象のある過去の物語に関しては、回想ではあっても些か他の部分との温度差が激しいこと、そして重要な役割を果たしている倉持平八の言動があまりにもリアリティに欠けた過剰なセンチメンタルのようなものを感じさせる辺りは、読み手によっては蛇足に思うかもしれません。
 久々に、島田荘司ならではの大掛かりな謎を十分に堪能できた1作でした。