有栖川有栖 『スイス時計の謎』

スイス時計の謎
 自宅マンションで何者かに頭を殴られた瀕死の被害者は、壁に「Y」と書き残して力尽きます。そのダイイングメッセージが示す犯人とは?(『あるYの悲劇』)
 女性彫刻家が殺害されますが、彼女は首を切断されて代わりにそこに彫刻の首が。彼女と諍いをしていた隣人、そして浮気相手のいる夫に容疑がかかりますが、果たして彼女の首が切断された理由とは?(『女彫刻家の首』)
 ある男は、『ヴェニスの商人』のシャイロックに喩えられる高利貸しによって破滅した弟夫婦の復讐を計画し、成し遂げます。密室を作り上げ自殺を偽装しますが・・・(『シャイロックの密室』)

 有栖の同級生だった男が、仲間内の同窓会を前にして殺害されます。殺害現場では、時計のサファイアガラスが割れて、それを隠そうとした形跡が見つかり、さらには被害者の時計が無くなっていることも分かります。(『スイス時計の謎』)

 計4編を収録した短編集で、発表時期にもかなりバラつきがあるせいか、多少時代色に違和感を感じるものもありましたが、総じて綺麗に纏まった本格ミステリという印象。
 全編に渡って追求されるのは精緻なロジックであり、特に表題作の『スイス時計の謎』では、容疑者の中から一人ずつ除外して行き、最後に犯人を指摘するという地味ではありますがパズラー指向をあくまでも追求した作品として評価出来るものでしょう。
 さらに付け加えると、ほとんどの作品において、青春時代へのノスタルジーのようなものと、本格ミステリという特異なものへの愛着とが、上手い具合に融合して著者独特の持ち味を形成しており、読んでいて不思議な心地良さを感じさせられる1冊でした。短編集という意味では、良くも悪くも作品のアベレージも指向性もほぼ均一で、安定したものであると言うことが出来るでしょう。