佐々木丸美 『崖の館』

崖の館
 資産家のおばに引き取られ、従姉妹たちの中で誰からも愛されていると思われていた千波は、2年前に海沿いの崖に建つその館の非常階段から墜落して謎の死を遂げています。死んで今もなお、残された者たちに強い影を落とす千波は、いったい誰に殺されたのか。陸の孤島になったその館に彼らが集まったその日のうちに、たくさん飾られていた中から忽然と姿を消した絵画があることが分かり、一同は千波の事件の再来を予感します。寝ている間に従姉妹たちのうちの一人が、2年前から封印されていた千波の部屋に移動させられたりと益々不可解な出来事が起こり、さらには死んだ千波が日記をつけていたことを、最も俊若い涼子は初めて知ることになります。仲の良いおばと従姉妹たちが互いに疑心暗鬼になる中、ついには崖から転落させられる者、そして密室となった部屋での殺人まで起こってしまいます。

 ある種の崇拝をもって哲学思想にも似た何かで語られる千波は、物語開始時には既に死から2年という時間が流れている過去の人間です。それにも関わらず、常に物語の中心は千波であり、生き続ける登場人物に対してカリスマ的な支配力を及ぼし続けています。このように、いまだに人間関係の中心であり続ける千波という人間の描き方、そして随所で語られる芸術作品への理解が、物語の中においても漂う非現実を実に美しく演出していると言えるでしょう。
 本作は、登場人物の中で一番の末っ子である涼子の視点を通して、事件は関係者達の心理面の追及に重きを置いて語られます。それゆえ、密室などのトリックそのものは破綻は無く上手く使われてはいるものの、決して大仕掛けかつ(本作が30年前に書かれたものだということを差し引いても)斬新というようなものではありません。ですが、人一倍我儘に振舞っていた由莉が一人抱えていた鬱屈した想い、発見した日記から読み解く千波の心情などを上手く配置し、そこから辿れる犯人の歪んだ心情が、実に精緻に導かれるものとなっています。
 作中で描かれる崖の館を取り巻く荒涼とした風景と、生々しさを剥ぎ取って詩美的に描くことで逆に深い暗さを表現した人物とが、説明することの難しい独特な空気を持たせている一作。