チェルシー・ケイン 『ビューティ・キラー1 獲物』

ビューティ・キラー1 獲物 (ヴィレッジブックス F ケ 3-1) (ヴィレッジブックス F ケ 3-1) (ヴィレッジブックス F ケ 3-1)
 2年前に"ビューティ・キラー"と称される連続殺人鬼、グレッチェン・ローウェルの最後の被害者となり、想像を絶する拷問の末に何故かグレッチェン自身の手で九死に一生を得た刑事のアーチー・シェリダンは、女子高生を狙った連続誘拐殺人事件「放課後の絞殺魔」事件の主任刑事として復帰することになります。そしてライターのスーザンは、そんなアーチーのことを連載記事にするように上司に言われ、彼と共に事件に関わることになります。今もなおグレッチェンの支配に苦しむアーチーと、刑務所の中にいながら彼に影響力を振るい続けるグレッチェンとの関係を取材するスーザンですが、取材を続ける中でアーチーが口にしない真実があることを直感します。

 「レクター博士を超える怪物」という帯のあおり文句は大仰過ぎでしょうが、序盤はだれ気味だった物語が中盤以降、グレッチェンの存在感がじわじわと増してくるにつれて俄然面白くなってくる辺り、彼女が非常な負の魅力に満ちた殺人鬼であるということは言えるでしょう。
 グレッチェンは、自分を追い詰めようとする主任捜査官のアーチーを、意識のあるままの状態で切り裂き、ハンマーで肌の上から肋骨に釘を打ち込むことから初め、想像に絶する拷問を与え続けます。彼の生きる気力を完全に奪って"殺した"上でその命を救い、収監されながらも強烈な支配力を振るい続けます。
 このように並外れた凶悪な犯罪者であることに加え、精神科医としてのキャリア、そしてその知性を振るって他人を支配し時に罪を犯させるほどの影響力、そして逮捕後もなお続く捜査官との歪んだつながりなど、確かにハンニバル・レクター博士との共通項はありますが、本作の主人公の一人であるアーチー・シェリダンはクラリスではありませんし、またグレアムでもありません。本作における彼らの関係は、どこまでも支配力をふるう殺人者と、苦しみつつ彼女とのせめぎ合いを続ける捜査官のものであり続けます。
 とはいえ序盤に関して言えば、今もなおアーチーを追い詰める"ビューティ・キラー"事件と、アーチーがギリギリの精神状態で職に復帰して担当する"放課後の絞殺魔"事件、そしてアーチーとグレッチェンのつながりに切り込もうとするスーザンの視点が絡まず、いまひとつ煩雑な印象もありました。ですが、中盤以降グレッチェンの存在感と共にそれらが物語の中で上手く噛み合い始め、ラストに辿り着いた時に、「何故捜査官アーチー・シェリダンと殺人者グレッチェン・ローウェルとの物語にスーザンが必要だったのか」が明確になります。
 "放課後の絞殺魔"事件そのものだけを見れば、今ひとつ掘り下げが弱い印象もあるものの、"ビューティ・キラー"シリーズ三部作の第一作として、この事件によって主要登場人物の相関を綺麗に描き出している部分は評価に値するもの。
 最後に明かされるグレッチェンの作為に関しては少々やりすぎという感もありますが、主人公の一人であるアーチーが次作以降どのようにしてグレッチェンの支配から脱するのか、あるいは別の結末があるのかが楽しみです。