システムエンジニアの渡辺は、執拗に浮気を疑う恐ろしい妻が雇った男に拷問を受けそうになるなど、身の回りで物騒なことが起こっています。さらには突然失踪した職場の先輩に代わり、ある出会い系サイトの仕事を引き継ぐことになりますが、その仕事を解き明かすうちに、ある特定の検索ワードを打ち込むことで、何者かに追跡され身の危険が迫ることが分かってきます。
『魔王』より未来の世界を描いた作品であり、『魔王』以降著者がここ何作か書いている、国家という正体のない巨大な力と個人との戦いを描いた作品。本作も、『魔王』や『ゴールデンスランバー』と同様、強いメッセージとエンターテインメントが伊坂幸太郎の洒脱な会話によって繋げられて共存する作品となっています。
ただ、これまでの作品と比べると、終盤での怒涛の伏線回収や何度もひっくり返る展開などの、エンターテインメントとしての面では全体のボリュームの割には些か弱いのかなという印象。
初期の作品から一貫して、圧倒的な強者による一方的な暴力というものに対して立ち向かう人物達を描いてきた著者ですが、本作においてもその系譜は引き継がれるものの、主人公自身がそれを強く主張する姿はトーンダウンしています。その代わりに、主人公の周りにいるそれなりの強さを持った人々が、「システム」という正体のあやふやな「悪」に敢然と立ち向かうことになります。
誰か特定の個人や組織を潰せばそれで消え去る単純な「悪」ではなく、末端で歯車になっている人々はただ「仕事をしているだけ」という、システムや構造の中で成立する巨大な「悪」を真正面から取り上げた作品、かつエンタメ性も高い作品として一定以上の水準は達しているものの、伊坂作品独特の分かりやすい痛快さが薄れてしまった気がして残念。