伊坂幸太郎 『あるキング』

あるキング
 野球選手になるべくして運命付けられて生まれた天才、王求(おうく)。常にリーグ最下位争いの位置にいる地元球団の熱狂的なファンの父母のもと、ただ野球選手として「王」の道を歩み続ける王求の運命の物語。

 これまでの伊坂作品とは明らかに色合いの異なる作品。
 常に運命を見通す「神の視点」による一人称の語りで展開されるのは、周りの運命をも狂わせるまでの圧倒的な「天才」の物語で、伊坂版『マクベス』。
 『魔王』辺りから続く路線の、到達点のひとつにはなるのかもしれませんが、これまでの作品の根底にあった、圧倒的な強者による理不尽を許さないという一本通った部分が本作には薄く、その辺りでも読者を選ぶ可能性はあるように思います。
 天才という存在による「運命」の攪乱という部分に重点が置かれているため、登場人物の心理面への掘り下げは敢えて抑え目となっており、主人公の王求をはじめとした誰もに対し、あまり読者の感情移入が出来ないということは言えます。
 そして、運命の理不尽さから抜け出せないという部分で、読者が伊坂作品に対して無意識に期待している部分が満たされないということはありますが、終始一貫した超越者の視点で語られることで、それすらも大いなる運命の物語の必要不可欠な要素となっている、異色作でした。