有川浩 『フリーター、家を買う。』

フリーター、家を買う。
 名の通った会社に入社したものの、会社に馴染めずに3ヶ月で退社。その後就職活動をしても上手く行かず、バイトも気に入らないことがあればすぐに辞めてしまう。そんな生活を半年もしていた誠治ですが、ある日突然母親が重度のうつ病になったことが分かり、過酷な現実に否が応でも向き合わねばならなくなります。自分勝手で病気に理解を示そうともせず、母親を追い詰めるだけの無責任な父親に怒りを覚える反面、それまでの駄目な自分と決別すべく、誠治はお金を貯めることと再就職を果たすことを目標に一念発起します。

 今時の、どこにでもいる若者、ちょっとしたきっかけがあれば誰もが彼のようにドロップアウトして、先の見えない生活をするかもしれない。そんな等身大の主人公が描かれる本作は、序盤での誠治の身勝手な甘えも、父親の自分可愛さのみの逃げも、全てが嘘のない描かれ方をします。そうした登場人物の姿を通し、読者も自分の中にあるだろう甘えや自分勝手さをも突きつけられることになります。
 社会で自分が正当に評価されない不満、定まった足場を得ることが出来ずに先が見えない不安、そして身内であるが故に許せない家族。そうしたものに主人公が正面から向き合い一歩ずつ前進しようとするまで、著者が彼らを描くその筆致には一切の容赦がありません。そしてだからこそ、主人公が覚悟を決めて自分に向き合ってからの物語が、成長物語として生き生きと感じられるのでしょう。
 さらに、救いようがない嫌悪の対象でしかない父親ですらも、決して完全な悪役としては描かれず、ただ等身大の「弱い大人」として描かれます。そうしたどこまでもリアルな登場人物とともに、有川作品ならではの格好の良い大人と迷いながらも先へ進む勇気を持つ若者が同じ世界に同居することで、本作はリアルでありながら示唆に富んだ物語を作り上げていると言えるでしょう。
 また本作には、一度ドロップアウトすると自分を立て直すことの難しい現代社会の落とし穴も浮き彫りにされます。3ヶ月で会社を辞め、その後の展望もなくダラダラとした生活を続けてきた誠治に対し、再就職の道は中々開けません。この作品が連載されていた当時よりも、おそらくはさらに厳しい経済情勢の中、自分を見詰めなおすと同時に、「諦めていなければ間に合う」のだという勇気をくれる作品として、本作は一層の意味を持って読者に訴えかけてくるものがある気もします。