J・D・ロブ 『イブ&ローク22 この邪悪な街にも夜明けが』

この邪悪な街にも夜明けが イヴ&ローク22 (ヴィレッジブックス)

 美容形成外科医の病院の高名な医師が、厳重なセキュリティを張り巡らされた彼のオフィスで、ナイフにより心臓を一突きされて死んでいるのが発見されます。防犯カメラに映っていた犯人と思われる女性を追うと同時に医師の周囲を探るイブは、被害者が病的なまでに完全主義者であり、誰から見ても高潔で、彼の人生に生きていれば誰しもある程度の傷といえるような傷ひとつもないことに逆に疑念を覚えます。そして被害者の自宅から、厳重にプロテクトをかけられた医療記録のメモらしきものが見つかりますが、それが非人道的かつ組織的な犯罪行為につながるものであった可能性にイブは辿り着きます。

 本作において、人として越えてはならない倫理の一線を越えた人間が、大きな歪みを他者に気付かれることなく神の如く振舞う姿が描かれます。そして事件の被害者と加害者は、必ずしも当初の図式のままには終わらず、物語の展開と共に明らかになる真相により、互いの関係が逆転する過程がひとつの読みどころとなっていると言えるでしょう。
 また、既刊作品においてもテーマであった「家族」や「親子」の関係というものも、本作においては再びクローズアップされることになります。犯罪捜査の過程でどこかいびつな家族・親子関係を浮き彫りにする一方で、家庭に恵まれることの無かったイブと夫のロークが、ロークの親族を感謝祭に呼ぶ計画を進めつつ戸惑う姿が、そして全ての根っこにあるイブとロークの過去の上にある現在の彼らの「家庭」が描かれます。
 シリーズも22作という長期作品になる中で、これまでのように犯罪被害者の姿と主人公自らの幼少時代を重ね合わせ、単にそこにあるトラウマを抉り出すのではない本作の切り口は、これまでの既刊作品とはまた少し違ったものになっていると言えるでしょう。
 また、真相が明らかになる過程も無理のない展開の中で描かれ、冒頭のプロローグで描かれた場面の意味が明らかになった際の悲劇性も、極めて巧みなストーリーテリングによって演出がなされています。多くのものを盛り込みすぎなほどに盛り込みながらも、煩雑にせずに綺麗に纏めた一作と言えるでしょう。