海堂尊 『アリアドネの弾丸』

アリアドネの弾丸

東城大学病院に付属のエーアイセンターを設立することになり、放射線科の島津と法医学教室の教授が衝突し、急遽センター長として不定愁訴外来の田口が借り出されることになってしまいます。画像解析の専門家たちと法医学者との縄張り争いは、司法の縄張りを守ろうとする警察官僚までも呼び込み、田口は頭を抱えることになります。その打開策として、後輩で病理医の彦根と、厚生労働省の白鳥を招聘し、田口は会議に望むことになります。搬入された最新のMRIの調整中に、その技術者が亡くなった上に、警察官僚の仕掛けてきた罠によって、東城大学全体が窮地に陥ることになり……。

 チーム・バチスタから続くシリーズの第6弾。
 本作では、物語中の架空の都市である桜宮市に、死因不明社会への打開策の決定打として立ち上げられた、東城大学病院の付属機関であるエーアイセンターを舞台に、法医学と病理学、画像診断のエキスパート、そして厚生労働行政と司法との思惑がぶつかり合うことになります。
 日本の医療の抱える大きな問題の縮図が、まさにこの架空の世界内の小さなエーアイセンターにおいて繰り広げられる様は、語り手である田口の視点によってユーモラスでありつつも緊迫感を持って描かれていると言えるでしょう。リーダビリティに満ちた物語が、個性的なキャラクターによってテンポ良く展開される海堂作品の持ち味は、本作においても十二分に発揮されています。
 事件は新型のMRI"コロンブス・エッグ"のある部屋を舞台に起こりますが、誰が東城大学やエーアイセンターの牙城を崩そうとしているのかは最初から自明の理なので、フーダニットの観点だけを取り上げれば答えは自明の理と言えるでしょう。ですが、解明すべきは「コロンブス・エッグにおいてその時何が起こったのか」であり、それを解き明かす過程・さらには探偵が犯人を指名するさいの駆け引きといった部分が、実にエキサイティングに描かれます。
 そしてまた、本書では終始して死因不明社会の問題解決へと乗り出そうとする医療界に、司法の勢力が介入しようとする、両者のそのせめぎ合いが物語の中心にあります。そうした部分で本作も、現実の医療が抱えるひとつの大きな問題が、エンタメ小説として豊かな物語性をもって問題提起されるという、海堂作品らしい一作となっています。
 また、本作ではシリーズの傍流に当たる『マドンナ・ヴェルデ』『極北クレイマー』『ブレイズメス1990』などとのリンクもはっきりと見て取ることが出来、海堂作品世界全体の流れや行く末、まだ描かれていないブランク部分などへの期待も一層大きなものとなります。