小野不由美 『丕緒の鳥 十二国記』

丕緒の鳥 十二国記 (新潮文庫 お 37-58 十二国記)
王の前で催される、鳥に見立てた陶板を射抜く行事の為の、陶板作りの職人の長。美しい音や芳香を放って割れる陶板を考案してきた彼ですが、女王が続いて国が荒れる中、徐々に儀式そのものの意味に疑問を持ち、また王という存在に対する失望が膨らんできます。かつての自分の師が、そして優れた職人であった仲間が、乱れた政の犠牲になるのを目の当たりにしてきた彼に、再び新王登局の知らせと久しぶりの仕事が命じられます(『丕緒の鳥』)。
死刑制度を廃止した国で、更生の見込みのない殺人者の男をどう裁くかという問題に直面する官吏。民衆や、彼の妻でさえ、男を死刑にすることを迫ってきます。しかしながら、政治に無関心になってきた王によって国が傾き始めているのを感じる中、死刑の前例を作ってしまうことでの危険性を見越した男は苦悩します(『落照の獄』)。
山の木が石化し枯れていくという異変が起こる中、山の木が枯れることで起こる災害により国が荒廃することを恐れた男は、この木の病の薬を探し、ようやく見つけることに成功します。ですが、この病にかかった木材が高価な値が付くことに目を付けた権力者により、薬となる植物を王の元へと届けることが困難になってしまいます(『青条の蘭』)。
女を全て国から追放するという王命により家族を失った少女は、自然現象を観察することでこれからの暦を作る役人たちのいる家で働くこととなります。ようやく生活が落ち着いたものの、国が荒れる時にその惨い現状を見ようとせず、自らの狭い世界だけの仕事しか見ようとしない相手に苛立つ少女の前に、再びかつて体験した恐ろしい出来事の際限のような事態が起こります(『風信』)。

 書き下ろし2編を含む、小野不由美の人気ファンタジーシリーズ、十二国記の短編集。
 これまで描かれてきたのは、国を動かす王や麒麟の物語であったのに対し、本書でクローズアップされるのは、その王と国に翻弄される一個人です。その意味で本書は、国が傾く世界で、国を動かす地位に無い無力な個人が、嘆き・絶望し・煩悶しながら生きていく物語と言えるでしょう。
 こうした小さな視点から描くことで、現実の社会に起こっている様々な問題を想起させる物語を、ファンタジーという手法を用いてリアルに描き出したという意味で、本書はシリーズのこれまでの長編では書き切れなかった部分を見事に描くことに成功しています。
 各編とも、先に救いが見えるのか、それともその後でまた絶望しかないのかは、これまで描かれてきたシリーズの歴史と照らし合わせることで推測するしかなく、必ずしも明確な「物語の終わり」を描き切ってはいません。ですが本書に収録された物語は、そうした未消化な部分すらもリアルな物語としての評価が出来るものと言えるでしょう。