森博嗣 『探偵伯爵と僕』

探偵伯爵と僕 (講談社ノベルス モF- 40)
 公園のブランコに乗っていた夏だというのに黒いスーツ姿の髭の男性は、自らを「探偵伯爵」と名乗ります。少年は、夏休みに出会ったこの不思議な「伯爵」とともに、祭りの日に姿を消した友達を探すことになります。

 元々は単行本でミステリーランドのレーベルから出ていたものをノベルズ化したものなので、対象とされている読者は「かつて子どもだったあなたと少年少女」ということになります。
 本作は子供を主人公にしながらも、日常的に使っている言葉の定義をキッチリと提示してハッとさせる、あるいは死に伴う喪失感や罪悪感の言語化という森ミステリの手法を貫いており、ミステリーランドのレーベルに求められる要件と森ミステリの手法の融合はなされていると言えるでしょう。
 ただし、少年の夏休みの日記という作中作の形式上の限界もあるのでしょうが、「伯爵」と「僕」の間で交わされる会話のトレースを淡々としているという印象もあり、扱うテーマの重さのわりには「子ども向け」の記述の範囲ではさらっと流されてしまう印象もあります。また、そうした部分も含めて最後の手紙で補完されているとはいえ、実際に記述されている物語内のリアリティにおいては説得力の上で不十分に感じる部分もあり、今ひとつ「子供向け」にしたことでのぬるさを感じてしまいました。その意味では、「かつて子どもだった」読者であれば分かるものの、現在少年少女である読者には分かりにくいのでは無いかと思われる部分があるような気もします。
 少年を視点に据えることでしか描けないものを描いたという部分では非常に評価できる作品ではありますし、トリックを知った後で描かれていない事件の姿に気付かされるという点では、基本でありつつも上手い手法によって描かれた作品としても、本作は評価できるでしょう。ですが個人的には、ジュブナイルという制限の中では「ここまで」とはいえ、描かれなかった部分こそを読みたかったというフラストレーションも感じる作品でした。